第37話 妖刀使い vs 魔獣軍団
リシュナとベンドンが戦闘する、その裏にて――
「あら、あらあらあら、どうして泣いているのかしら? カッコいいお顔が台無しよ」
魔女グレアの煽るような声が遠くから飛んできた。その間も、シオンは刀一本を握り締め、無数の魔獣軍団との戦いを繰り広げていた。
その目に浮かぶ涙は、人としての魔力を徐々に失い、精霊と化していく過程にある師グラトに向けられたものだった。シオンは叫び、誓う。
「俺が――俺たちが聖血魔導会を倒します。見ていてください、グラト先生!」
魔法を使えないシオンは、アッシュやリシュナのように一度の攻撃で膨大な魔力を消耗することはないが、消費魔力に相応するような強力な必殺技も持っていない。だが、それを補うのが、魔力流纏と魔力芯堅の同時使用によって生み出される強力無比な妖刀だ。
魔力流纏と魔力芯堅の同時使用による妖刀剣戟、そして魔力流纏を応用した流纏走術をさらに独自に進化させた“無音走法”による高速移動が、シオンの基本的な戦闘スタイルだった。
己の器用さと身体能力に大きく依存している分、魔力消費量を抑えつつ戦えるのだ。
だが、魔女グレアの魔獣召喚魔法と相対するシオンは、いつも通りの立ち回りで戦うことを許されなかった。
普段ならば、敵の肉体に刃が触れる瞬間だけ刀に魔力を纏わせれば十分戦えた。だが、多数の魔獣を同時に相手取り、混戦状態に陥っている今は不意の攻撃に備えて常に魔力を刀に纏わせねばならなかった。
「くっ……いつもより消耗が激しいな……」
次々と襲い来る魔獣を音速の連続攻撃で切り刻みながら、シオンは不敵に笑う魔女グレアの元へ急ごうとする。だが、何度倒しても新たな魔獣を召喚されてしまい、いつまで経っても魔女に近づくことができない。
アッシュやリシュナの魔法のような範囲攻撃や飛び道具を持たないシオンからすれば、魔女グレアは天敵と言っても良かった。だが、それでもシオンには戦う理由があった。魔力の毒に苦しむ妹を助けるため、憎き魔女を絶対に仕留めなければならない。
「このデカい魚みたいなのは……アッシュとリシュナが東の村で倒したって言っていた魔獣か。海ってところには、無数の歯を持つ“サメ”という生物がいるんだって話を昔グラト先生がしてくれたっけな」
師との思い出に浸りながら放たれる、シオンの妖刀一閃。サメの魔獣はじたばたと暴れる自由すら与えられないまま、一瞬にして黒い霧と化して消滅した。
次に襲い来るのは、ひどい臭いをまき散らしながらガウガウと吠え散らかす巨大な犬の魔獣だ。あの鋭く光る牙に噛まれてしまったらひとたまりもないだろう。仮に生き延びたとしても、何らかの病に苦しめられることになりそうだ。
「お前の話はもう聞き飽きてんだよ。臭いからもう出てくるな」
目にも止まらぬ速さで繰り出されるシオンの斬撃の前に、犬の魔獣は一歩も動くことができぬままバラバラになった。細切れにされた紫色の肉片は、鋭い異臭を放っている。幸い、魔力で覆われたシオンの妖刀に異臭が付着することはなかった。
「さあ、お次は何だ!」
周囲に群がる円盤のような魔獣や、体当たりしかしてこない目玉の魔獣、大きな顔面を持つ四足歩行の魔獣など、多数の雑魚魔獣を蹴散らしながら、シオンはじわじわと魔女グレアとの距離を詰めていった。
「次はこの子よ!」
グレアが召喚したのは、初めてアッシュと共に仕事をした時に倒した喋る魔獣だった。あの頃、アッシュはびっくりするほど弱かった。動物と会話したり、手を光らせるくらいのことしかできなかったのだから。
「南の村の洞穴でブッタ斬ったワニの魔獣か。今更そんな雑魚を出してどうする」
シオンが余裕の笑みを浮かべて斬りかかった。ワニの魔獣は鱗のような皮膚を持っていて、とても頑丈そうに見える。だが、妖刀の攻撃力の方が勝っていることを、シオンは既に知っていた。
「さっきからてめぇ、おれをワニなんかと一緒にしやがって、おれは誇り高き竜人族。竜と人の間に生まれ、後に魔獣化した恐怖のドラゴニュート様だ!」
ドラゴニュートがシオンに向かって飛び掛かる。人間離れした強靭な脚力で猛加速し、シオンの喉元に噛み付こうとした。しかし、シオンの妖刀に軽々と弾かれる。
「やるな、てめェ。でも、人間族の血も引く俺のことは斬れねェだろォ? あァ……ん?」
シオンの姿がどこにもない。一瞬の隙を突き、シオンはドラゴニュートの死角に回り込んでいたのだ。そこは、シオンにとっては必殺の領域――
「流纏、芯堅――居合!」
たった一振りの斬撃で、ドラゴニュートの堅牢な鱗で覆われた肉体は真っ二つになった。その背後に立つのは、光り輝く妖刀を持った黒髪の剣士。
「悪の魔法使いを討伐するのは魔法屋の仕事だ。人に害を及ぼす悪の魔法使いに従属する者は、人間だろうと竜人だろうと、俺は容赦なく斬る」
間髪入れず、シオンはグレアの方へ向き直って駆け出す。これだけ多くの魔獣を召喚しているということは、既に相当な魔力を消費しているはずだ。辛抱強く耐えていれば、きっとチャンスはある。シオンはそう考えていた。
その瞬間のことだった。魔女グレアが爆発的な魔力を放出し、巨大な魔法陣を描いたのだ。これに呼応するように大気が揺れ大地が泣き叫ぶ。魔法陣からは、赤黒い魔力の雷が散っていた。
「これに勝てたら、私が相手してあげるわよ」
魔法陣から姿を現したのは、全長10m以上はありそうな巨大な怪物。強靭そうなアゴと筋肉質な尻尾を持ち、たくましい後ろ足2本で立つ巨大なトカゲ――人類が繁栄するより遥か昔の時代に君臨していたと言われる、竜とは似て非なる地上の支配者――恐竜の魔獣だった。
「けっ……魔獣召喚魔法ってのは、時の流れすら無視するってのか」
驚愕と緊張、少し興奮も混じったような調子で、シオンが吐き捨てるように言った。
「私が召喚する魔獣って、別にどこかで捕まえてきたわけじゃないのよ。私の魔力で魔獣という生物を再現しているだけ。限りなく本物に近いけどね」と、妖しく微笑む魔女グレア。
既にシオンと恐竜の魔獣による死闘は始まっていた。恐竜の魔獣が巨大なアゴを全開にして咆哮を轟かせ、大地を揺らしながらシオンに接近する。シオンの骨を噛み砕き、肉を喰らおうとしているのだ。
だが、シオンは一歩も引こうとしなかった。それどころか、刀を片手に持ちながら、巨大な魔獣の正面へ向かって走り込んでいったのだ。恐竜の魔獣がすぐ目の前まで迫った瞬間、シオンは左足を畳みつつ地面に尻を擦りつけ、恐竜の魔獣の腹の下に滑り込んだ。
鋭い鉤爪が備え付けられた頑強な足と足の隙間を潜り抜け、シオンは恐竜の魔獣の真後ろに立った。すかさず、屈強で筋肉質な恐竜の尻尾がシオンを叩き潰すべく飛んでくる。
しかし、シオンは軽快なジャンプで回避し、空中で居合の構えをとった。その刹那、妖刀の剣士が宙で一回転した。まるで満月を思わせるようなシオンの斬撃は、一瞬にして魔獣の太い尻尾を切断した。
「グギャアアアアアアア!」
尻尾を斬り落とされ、魔獣は痛みに悶えて大きく怯む。その隙を突き、シオンは恐竜の魔獣の巨躯を支える2本の後ろ足の腱を断ち斬った。途端、恐竜の魔獣は身体を支えることができなくなり、ずしりと倒れ込んだ。
「これで終わりだ」
高速で繰り出されるシオンの斬撃が、恐竜の魔獣の喉を切り裂き腕を削ぎ落し、果てには命を刈り取った。魔女グレアの強大な魔力を与えられて顕現した伝説の生物は、黒い灰となって消えていったのである。
「……よし」
強敵を打ち倒し、ようやく魔女グレアと一騎打ちに臨めると思った矢先のことだった。背中に何か当たった。同時に、何か腹の辺りが熱くなるのをシオンは感じていた。
「な、なんだ……?」
恐る恐る腹部に触れると、べっとりとした液体が手に着いた。まさかと思い視線を下に向ける。シオンの左手は、濃厚な血液で真っ赤に染まっていたのだ。
背中に当たったのは――否、刺さったのは、魔女グレアが隠し持っていたナイフだった。シオンが恐竜の魔獣に対してとどめの一撃を放った瞬間を狙い、冷たく光るナイフが投げ込まれたのだった。
「ハァ……ハァ……くそ、呼吸が……」
腹部を抑えるシオンを舐めまわすように見つめるのは、妖艶な魔女グレア。
「あなた、また守れないのね」
痛みに悶え苦しむ青年の姿に絶頂の興奮を覚え、高笑いをしながら妖しく微笑む魔女は、再びナイフを持ち直し、シオンの首筋に刃を当てた。
「もう妹ちゃんを助けられないわね。でも、私は満足してるわよ。剣士くん、思っていたよりもずっと強かったわ。私のカワイ子ちゃんたちをみんな倒しちゃうんだもの。想像以上だった。でも、これでおしまい」
魔女がナイフを握った右手を振り上げる。こんなところで、こんなところで終わるわけにはいかない。だが、もう間に合いそうにない。シオンは絶望に満ちた唸り声をあげることしかできなかった。
「キャアッ!」
高く掲げていた右手に強烈な痛みが走り、魔女グレアの顔に血の雨が降りかかる。直後、握っていたナイフが遠くへ弾き飛ばされていった。驚き戸惑いつつ、魔女グレアは自身の右手に起きた異変を確かめる。
そこには――魔女グレアの右手の甲に刺さっていたのは、光り輝く魔力の矢だった。
「まだ、終わらせない!」
勇壮活発な声が山中に響き渡り、伝染、共鳴。これに呼応し、失われかけていたシオンの闘志が、再び熱く燃え上がり始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます