第29話 東の果ての洞窟
「シオンに妹がいるなんて、意外だなあ」
呑気な言葉を溢すリシュナの横で、アッシュは小さく震えていた。悪意ある魔法使いによる呪い。それは、人を蝕む毒の魔力。アッシュの母の死因でもあり、アッシュ自身が西の村の村長の息子ミルゴにかけてしまったものだ。彼が動揺するのも無理はない。
「俺は呪いをかけた魔法使いを見つけ出して、必ず始末する。だが、10年探し回ってもまだ見つからない。そんな時に、幻の薬――どんな病も治すと言われる霊薬の話を聞いたら、気になって当然だろう。俺は一刻も早くアオイを起こしてやりたいんだ」
「じゃあ、もし見つけられたらトッドさんと交渉しなきゃね」と、リシュナ。
「もちろんだ、彼は依頼主であり情報提供者でもある。薬を横取りするような真似は決してしない」
その時、部屋の扉からコンコンとノックする音が鳴った。シオンが「どうぞ」と返事すると、がちゃりとドアが開いて1人の女性が入ってきた。女性はリシュナの顔を一瞥した際に一瞬だけ驚いたような顔を見せたが、すぐにシオンの方へ向き直ってしゃべり始めた。
「あなたがたが東の果ての洞窟を目指しているという話を長から聞きました。そこで、“幻の薬”を探していると」
「ええ、その通りです。詳しい場所などはこれから調べる予定ですが……貴女は……?」と、シオン。
「この集落に住むユイマというものです。私の夫は冒険者をしているのですが、先月幻の薬を探しに東の果ての洞窟へ向かったきり戻ってこないのです。もし余力があれば、探してきていただけませんか」
「それはもちろん構わないのですが、あいにく土地勘がなくて洞窟の場所がわからない。少し時間がかかるかもしれません」と、申し訳なさげな表情を浮かべたシオンが言う。
「実は、家を片付けていたらこんなものが出てきました」と、ユイマ。
ユイマが差し出したのは、丁寧に畳まれた布だった。布を広げた瞬間、3人はハッとして大きく目を見開いた。布には集落近辺の地図が描かれていたのだ。地図の右端には、大きなバツ印が付けられていた。
「魔獣と戦う力を持たない夫は、とにかく慎重な冒険者でした。洞窟のような危険な場所へ行くときは、事前に位置をチェックし、入念に準備してから挑んでいたようです」
「つまり、この印が示しているのは、幻の薬が眠ると言われる東の果ての洞窟で間違いないとおっしゃりたいのですね」と、シオン。
「そうです。夫の名前はゼマルといいます。どうかお願いいたします」
そう言って、頬にしずくを伝わせながらユイマは部屋から出ていった。再び静寂が部屋を支配した。
「まあ、何はともあれ手掛かりは入手したわけだ。明日、さっそく東の果ての洞窟へ向かう。2人ともしっかり休んでくれ」と、シオン。
幻の薬が眠ると言われる東の果ての洞窟。アッシュとリシュナとシオンはゆっくりと心身を休め、洞窟探索に向けて体力と魔力の回復に努めた。
洞窟は暗闇の棲処。邪悪な魔獣たちの温床である。いつ始まるかわからぬ戦いに備えて、若き魔法使いたちはしっかりと英気を養うのだった。
☆
――翌朝。
集落の長に旅立ちの挨拶をした後、アッシュたち一行は東の果ての洞窟を目指して出発した。集落を出た先には青々とした草原が広がっており、美しい花もちらほらと咲いていた。暖かい春らしく、蝶や蜜蜂の姿も大自然の中に見え隠れしている。
草原の中をしばらく歩いていると、段々と景色が寂しく移り変わっていった。花が首を垂れ始め、草木の活気も次第に薄まってきているような気がした。さらに先へ進むと、ごつごつとしたはげた大岩だらけの薄気味悪い岩場に出た。
「だいぶきな臭くなってきたな」と、シオン。
「うっすらとだけど、魔力を感じる。この先に魔獣がいるね」と、リシュナ。
「この先に洞窟があるはずだ。内部に魔獣が潜んでいるのは間違いないだろう。アッシュ、明かりは頼んだぞ」
シオンに訊ねられ、にやりと白い歯を見せて「任せろ」と返すアッシュ。だが、アッシュは何だかよくわからないが、漠然とした不安を抱いていた。具体的に何が引っかかっているのかわからないが、とにかく違和感を抱いていたのだ。
特別な魔法でも何でもない、ただの直感だった。何か良くないことが起こるような予感がする。しかし、何の根拠もない話で2人を惑わせるのも好ましくない。アッシュは湧き上がる違和感を自分の胸裏にしまうことを選択したのだった。
「着いたね」と、少し緊張気味のリシュナ。
ユイマから譲り受けた地図は、禍々しい魔力を放つ暗い洞窟の元へと3人を導いた。リシュナが怯むほどの魔力――きっと強い魔獣が潜んでいるに違いない。だが、一行は洞窟に挑まねばならない。冒険者ゼマルの捜索、そして幻の薬を手に入れるために。
「
アッシュの詠唱が終わると、3人の周囲20m程度が明るく照らされた。練習を積み重ねた末に、アッシュは閃光魔法の魔力出力量を自在に調整することができるようになっていたのだ。
「これでいい。前みたいに洞窟全体を照らしてしまうと、隠れている魔獣を刺激してしまう可能性があるからな」と、シオン。
「視界は20mあれば十分か?」と、アッシュ。
「十分対応できるだろう。さあ、進もう。油断はするなよ」
シオンが言うと、アッシュとリシュナが頷いて返す。こうして、アッシュを先頭に、リシュナ、最後尾をシオンの順に縦並びの陣形を取って、洞窟探索を開始した。
アッシュが照らし、シオンが魔力探知で索敵、そして、もし何か不測の事態が起きた場合、リシュナが空間移動魔法を使って3人一緒に脱出する。そう決めた上で組んだ隊列だった。
外からではわからなかったが、洞窟内は思っていた以上に広かった。やはり、洞窟全てを照らさないと、幻の薬を見つけることなどできないのではないかとアッシュは思い始めていた。
その時、アッシュがあることに気が付いた。どこからか、川の流れるような音が聞こえたのだ。つまり、洞窟内には水場がある。
「水がある場所に、ゼマルさんはいるかもしれない」と、アッシュ。
「でも、きっと魔獣もいるよ? 魔獣だって生きてるんだから」と、リシュナ。
「確かにそうだが、他に手掛かりもない。この広い洞窟内をくまなく探すのは難しそうだし、とりあえず水場へ向かう」と、シオン。
3人は水の音が聞こえる方へ進んでいった。足元の岩に躓かないよう気を付けながら、できるだけ急いで進んだ。こうしている間にも、ゼマルが生死の境をさまよっているかもしれないからだ。
「待て、止まれ。アッシュ、明かりを消せ」
シオンが息をひそめるような声で言った。
「え、でも」
「早くしろ!」
シオンの鬼気迫る囁き声を聞いて、アッシュは
「アッシュ、リシュナ。できる限り魔力を抑えて進め。この先にいるのは、おそらく俺たち以外の魔法使いだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます