第28話 愛の歌はどこに

 東門から出ようとしたとき、後ろから自分の名前を大きな声で叫ぶ者がいることに気が付いた。シオンは大きなため息をつきながら、呆れ顔で振り向いた。


「「シーーーーオーーーーンーーーー!」」


 東門の前通りを駆けてくるのは、元気よく手を振るリシュナと大きな荷物を持ったアッシュだった。


「お前ら……外で大声出すなっていつも言ってるだろ。周りに迷惑がかかる」と、シオン。


「相談もなく勝手に仕事受けて、勝手に遠出しようとしてる人も迷惑なんだけど~?」と、リシュナ。


 シオンはリシュナの言葉にもう一つ大きなため息をついて、アッシュの顔をちらりと見た。目が合った瞬間、アッシュは小さく頷いた。


「シオン、洞窟探索は危険だから3人で行こう。それと、幻の薬について話しておきたいことがある」


 アッシュの言葉に、シオンも頷いて返した。


「よーし、じゃあしゅっぱーつ!」


 リシュナの掛け声と共に、3人はエルレミラを発った。


「まずは東の村へ。山脈を越えて、さらに東へ向かう。俺の記憶が正しければ、山脈のふもとには集落があったはずだ。そこで休憩させてもらった後、周辺の情報を集めて洞窟へと向かう」と、シオン。


「一晩休憩できる場所があるんだったら、あたしが空間移動魔法を使おうか?」と、リシュナ。


「もちろんその予定だ。だが、確実性を上げるためにも、まずは山脈付近まではいきたい。座標がブレて山頂で放り出されるのは嫌だからな」


「あーっ、信用してないな?」と、ぷくっと頬を膨らませるリシュナ。


「お前の空間移動魔法は高性能だが大雑把すぎる。頼りにはしているが、使い時は考えてくれ」と、シオンが淡々と言うと、アッシュもうんうんと頷いた。


「はいはい、わかりましたよーっと」

 

 気だるげなリシュナの返事は、東の街道を行く3人に笑顔を運んだ。遥かなる旅路を過ぎ行く3人は、果てしなく続く世界の中で新たな冒険に身を投じるのだった。




 

 エルレミラを発ってから半日も経たず、3人は東の村へ到着した。


「アッシュ! 少し背が伸びたんじゃないか?」


 元気よく声を掛けてきたのは、粉ひき屋のランドだった。隣にはリエルもいて、すっかり仲良くなった様子だった。


「確かにちょっと伸びたかもねー。でも、あたしの方がまだおっきいよ」


 口を挟んできたのはリシュナだった。長身のシオンやグラトと並んでいると分かりづらいが、リシュナは意外と背が高い。アッシュは少しだけ気にしつつ、どうせすぐ抜かすから大丈夫だと自分に言い聞かせていた。


「おい、休憩は山を越えてからだ。夜になる前に、ふもとの集落に到着しておきたいからな」と、少し苛ついた様子のシオン。


「どうしたんだよシオン。友人と話するくらい良いだろう」と、アッシュ。


「……さっさと済ませろよ」


 そう言うと、シオンは村の東側へ向かって歩き去ってしまった。トッドの依頼を引き受けた時もそうだったが、今日はシオンの様子がどうもおかしい。アッシュとリシュナは互いに困り顔を見合わせた。


「シオン、何かおかしいよね」と、アッシュ。


「うーん、確かにちょっと変かもね。“幻の薬”について聞いた時くらいから、どこか様子がおかしい。まあ、それはアッシュもなんだけど」


 アッシュはリシュナの鋭い指摘に言葉が詰まらせた。少しの沈黙の後、アッシュは少し弱々しい調子で開口した。


「とりあえず、シオンを追おう。僕が話さなければならないことは、山の向こうの集落に着いてから共有する」


「そだね。じゃあ、シオンのところに行こ!」


 ランドとリエルに別れを告げ、アッシュとリシュナはシオンと合流する。東の村の東部には大きな湖が広がっており、その先には巨大な山脈が待ち構えていた。

 シオンは湖の向こうをじっと見つめたまま動かないでいた。何やら物思いに耽っている様子で、声を掛けたら怒られるんじゃないだろうかとアッシュとリシュナは少し不安を抱いていた。


「おう、来たか。じゃあ、さっそく空間移動魔法を頼む。もし降り立った先で魔獣に遭遇したら、リシュナは防御に専念してくれ。魔獣の対処は俺とアッシュに任せろ」


 意外に落ち着いてたシオンは淡々と指示を出し、リシュナは言われた通りに空間移動魔法を発動した。アッシュは急な戦闘に備えて魔力を練り上げるくらいしかやることがなかったが、それで十分だった。

 今回もいつもと変わらない。何より大事なのは、シオンとリシュナを守ること。3人で生きて帰ることが、最も大事なことなのだから。


 3人の身体がリシュナの空間移動魔法に包まれる。身体がふんわりと浮かび、気が付いた時には遥か遠くまで移動し終わっている。シオンはもちろんのこと、アッシュもこの不思議な感覚にだいぶ慣れてしまった。

 リシュナの魔法のおかげで、3人は日が沈む前に東の山脈を安全に超えることができた。そして、シオンの言っていた通り、山のふもとには小さな集落があった。ここで休ませてもらいつつ、幻の薬が眠るという洞窟に関する情報を集めるのだ。


「リシュナは念のためフードを被っていてくれ。気を悪くしたら申し訳ないが、今は余計なトラブルを招きたくない」と、シオン。


「うん、わかってる」


 少し元気なさげに返事をして、リシュナはフードを深く被った。アッシュは何か言ってやろうかと思ったが、今は飲み込んだ。確かに、夕暮れの時間に集落の人々と揉めるのは得策ではない。


「あいつのケツ、後で一発蹴ってやれよ」と、アッシュがリシュナに囁いた。


「蹴った後、アッシュのせいにしちゃおうかな」


「いいよ、それで」と、アッシュが笑うと、リシュナも笑い返したのだった。





 あんなに不愛想なのに、なかなかどうして外面は良いらしい。シオンはあっさりと集落の長と交渉し、一宿一飯を勝ち取ってきたのだ。3人は長に用意してもらった部屋でくつろぎ、1日の疲れを癒していた。


「思った通りだった。ここには精霊の加護がない」と、シオン。


「なんだって」と、驚くアッシュ。


「すべての村を精霊が守っているわけじゃない。この集落のように、最近できたコミュニティまで結界は貼られていないのさ」


「でも、この村が魔獣に襲われるような気配は一切しない。一体どうして……?」


 アッシュが怪訝な表情を浮かべていると、リシュナが口を挟んだ。


「グラトだよ」


「グラトさん?」


 さらにわけがわからなくなって、アッシュは首を大きく傾けた。


「グラト先生は、精霊が守っていない土地に結界を張って回っているんだ。だから、定期的に長旅に出る」と、少し誇らしげにシオンが語る。


「この集落を守っているのはグラトさんだって言うのか」と、アッシュ。


「そういうことだ。だから、俺たちがグラト先生の弟子の魔法使いであることを長に伝えたら、あっさりと宿と食事を用意してくれたのさ」


「すごいね、グラトさんはまるで精霊だ」


「ああ、精霊――守護竜シドラにだって負けていない。グラト先生は人間離れした力を持つ、史上最強の魔法使いだ」


 グラトの凄さを改めて認識したところで、急にリシュナが話題の転換を図った。


「ところでさ、アッシュが言っていた“幻の薬”の話ってなんなのさ」


 シオンはハッとして、熱いグラト語りを中断して咳払いした。そして、リシュナと揃ってアッシュの顔をまじまじと覗き込んだ。


「幻の薬――これとよく似た噂が僕の故郷、西の村にもあったんだ。霊薬と呼ばれていて、村の近くにある神の棲む山の頂に眠っていると噂されていた。でも、噂はただの噂。本物の霊薬ではなかったんだ」


「なぜ本物ではないとわかるんだ」と、険しい表情のシオン。


「8年前、僕の父は霊薬を探しに行って、帰ってこなかった。昨年、僕も同じように霊薬を探しに山を登ったんだ。でも、霊薬は無かった」


「……お前の言いたいことは分かった。だが、その話を聞いたところで、今回の“幻の薬”を探さない理由にはならない」と、シオン。


「もちろんそうだろう。僕が聞きたいのは、もうそこじゃない。シオンがなぜ“幻の薬”を欲しているのか知りたい」


 アッシュの言葉に、部屋はしーんと静まり返った。ずっと黙って聞いていたリシュナまで緊張し、背筋をピンと伸ばしていた。


「……まあ、いいだろう。お前らに隠すのも悪いからな」


 シオンは顔を伏せたまま、静かにしゃべり始めた。


「俺には5つ下の妹がいる。名前はアオイ――彼女は今、眠っている。10年前、とある魔法使いにより悪意ある攻撃を受け、呪われたんだ」


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