第24話 光の剣

 悪天候により攻撃手段を封じられたアッシュは、じわじわと村の中心部へと押されていった。何度か魔力を込めた蹴りを入れてみたものの、サメの堅い皮膚の前では何の意味もなかった。

 ふと振り向くと、疲れ切った表情で座り込むリシュナの姿が見えた。魔力切れだ――アッシュはすぐに気が付いた。『空間移動魔法は大きく魔力を消費する』とグラトが言っていたのを思い出した。


「くそ、どうしたらいいんだ」


 アッシュは自身の無力さを呪った。あらゆる魔法を使うことができる“古き血の継承者”であるにもかかわらず、使える魔法の種類が偏り過ぎている。

 これまでは、窮地に追い込まれるたびに、都合よく新たな魔法を習得できていた。その時の感覚は今でも覚えている。だが、今のアッシュはそれを全く感じることができていなかったのだ。


「今がその時ではないのか……!?」


 否。アッシュは自分が魔法の習得に対して受身になっていたことを悟った。未だよくわからないが、魔法はいつもあちら側から来てくれるものではないらしい。

 思考を巡らせ、自身の知識や経験の内からヒントを探す。そのさなかも、サメの魔獣の猛攻は止まらない。このままでは、ジリ貧で敗北する。自分が喰われたら、次はリシュナの番だ。最後には、ランドやリエルを含めた村人らをみんな喰らい尽くしてしまうだろう。


「僕にもシオンみたいな強い刀や、リシュナみたいな自由に出せる弓矢があれば――」


 その時、ある考えがアッシュの脳裏をよぎった。自信は全くなかった。だが、やるしかないし、今までもぶっつけ本番で成功させてきたじゃないか。

 アッシュは手の先に魔力を集中させた。イメージするのは炎ではなく、もっと冷たい鋼鉄――衛兵が持っているような剣を魔力で生成するのだ。サメの猛攻撃を避け続けながら、アッシュは魔力を練り続けた。元来、エルフの魔法だ。だから、エルフのように上手くできなくていい。どんなに不格好でもいいのだ。


「妖刀。魔力弓。炎は……ダメだ。光。一瞬の閃光のように」


 アッシュは自分に言い聞かせるように呟いた。まだ手の中は空だった。だが、まるで剣を握っているかのような姿勢をとる。そう、魔力を出力するのは一瞬でいい。

 助走をつけて、サメの魔獣が飛び掛かってくる。無数の牙でアッシュの頭部を噛み砕くべく、大口を広げて大ジャンプしてきたのだ。


 サメの魔獣のジャンプを軽やかに避けながら、何も持たない両手に渾身の力を込めて振るう。刹那、空想上の剣に魔力を流纏させ、同時に魔力芯堅を行って剣に強度を与える。アッシュの集中力は限界を超えていた。

 発現時間は、わずか1秒にも満たなかった。だが、一瞬の間、アッシュはシオンの妖刀のごとき攻撃力を持つ、リシュナの弓矢のような光り輝く魔力剣を得たのだ。


 疾風のごとき刃が強い閃光を放つ。アッシュの魔力から生み出された剣による紫電一閃は、サメの魔獣の強靭な肉体を引き裂いた。ボトリと落ちた肉塊は小さく跳ねるような動きを見せた後、次第に生命活動を緩めていった。その後、ピクリとも動かなくなり、黒いモヤとなって消えていった。

 魔獣の肉体が消失した途端、どしゃどしゃと降っていたはずの天水が急速に弱まり、やがて雨は止んだ。雲の隙間から太陽が顔を出し、地上をオレンジ色の光で照らしたのだ。


「ああ、何とかなった……」


 安堵の息を漏らすアッシュの手元からは、すでに魔力の剣は消え去っていた。どうやら、一瞬しか発動できない上に魔力消費量も多いらしい。だが、その代わりに、アッシュは天候に左右されない凄まじい威力を誇る武器を手にしたのだった。

 ゆっくりと村の方へ振り向き、みんなの無事を確認する。晴れた空の下、屋根の上に乗った大勢の村人がこちらを見ていた。その中には、いつの間にかリシュナの姿もあった。アッシュが小さく手を振ると、リシュナを含めた何人かが手を振り返してくれた。


 ドンッ。


 不意に、何かが壁にぶつかったような大きな音が鳴り響いた。同時に、村人たちとリシュナが乗ったマルケルスの家が激しく揺れ始める。その後、再びドォンという音と共に家が大きく揺れた時、リエルがバランスを崩し、屋根から落下してしまったのだ! そのまま強く背中を打ち付け、リエルは意識を失ってしまた。

 その時、屋根の上から耳を貫くような悲鳴が上がった。村人たちがざわつき始め、一瞬にして恐怖の色に染まる。村人の誰かがアッシュに向けて叫んだ。その声は、一言一句漏れずにアッシュの元へ届いた。


「もう1匹いる、さっきと同じ魔獣がもう1匹いる!」 


 すでにアッシュは走り始めていた。枯渇寸前の魔力を振り絞り、リエルを助けるために全速力で駆けた。だが、間に合わない。新たに現れたサメの魔獣は1匹目よりもだいぶ小さかったが、リエルの小さな身体くらいなら丸吞みできてしまいそうなくらいの大口を開けていたのだ。猛スピードで地中を泳ぎ、リエルに急接近している。

 屋根の上にいたリシュナは魔力の弓矢を発動しようとしたが、村人全員を空間移動させた消耗が激しく、うまく生成できない。恐怖と焦りで呼吸も荒れ、半ばパニック状態に陥っていた。


 ほとんどの村人が小さな命を救えぬまま諦念に支配されていた時、1人の無謀で勇敢な若者が屋根から飛び降りた。粉ひき屋のランドだった。


「待ってろ、今助けてやる。まだお前には謝ってもらってねぇからな」


 飛び降りたランドはリエルの小さな身体を持ち上げて、屋根の上へ向かって力いっぱい放り投げた。宙を舞ったリエルの手を掴んだのはマルケルスだった。彼は小さなリエルの身体を引っ張り上げた後、再び手を下へ精一杯伸ばして叫んだ。


「粉ひき屋、早く上がってこい!」


 屋根の上から懸命に手を伸ばすマルケルスの顔を見たランドは、少しだけ笑っていた。同時に、彼は悟っていたのだ。すでに、手遅れであると。


「ランドー! 早く逃げろ!」


 アッシュの絶叫も虚しく、ランドのすぐそばをサメの魔獣が通過する。すれ違いざまに、サメの魔獣はランドの右わき腹を食い千切り、再び地中に隠れた。


 リシュナの悲鳴が村中に轟く。ランドはその場で膝をつき、大地を赤く濡らしながら動かなくなった。

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