第17話 光る炎の翼

 冬が近づき、エルレミラの町に冷たい風が吹き抜ける。白い吐息を漏らしながら、人々は冬を越すための準備を着々と進めていた。


 そんなある日の朝――アッシュが魔法屋で働き始めてから10日が過ぎた日の朝は、カラッと乾燥した晴天の碧空だった。アッシュはグラトに言われた通り、エルレミラの住人たちと様々な形で交流していた。

 町を守る衛兵たちの詰所へ顔を出したり、魔法道具の元となる武器を取り扱う得意先の武器鍛冶屋を見学させてもらったり、町の酒場で飲めない酒を半ば無理矢理飲まされそうになったり、とにかく町中を駆けまわって、グラトの知り合いを中心に挨拶して回ったのだ。

 

 彼らはみんな快く接してくれて、町の新たな仲間としてアッシュを受け入れてくれた。その中には仕事を依頼してくれる人もいて、アッシュの魔法屋としての新生活は上々の立ち上がりを見せていた。


 だが、少しばかり大変なこともあった。聖血魔導会の残党が動いているとわかった以上、アッシュは自分が“古き血の継承者”であることを隠さねばならなくなったのだ。

 グラトの提案で、アッシュは閃光魔法、火球魔法、治癒魔法をひとくくりに解釈し、燃え盛る光の羽を操る“不死鳥魔法”として、1種の魔法のみを使える新しき血の魔法使いであることを装うことになった。


「おお、アッシュくん、よく来てくれた。今日はよろしく頼むよ」


 今日の仕事は、東門の街道付近に現れた魔獣の駆除だった。この数日の間、アッシュはグラトの下で魔力をコントロールする訓練を受けていた。呑み込みの早いアッシュはぐんぐんと成長し、あっという間に自分の意識の支配下で魔力を使いこなすことができるようになっていた。

 その後、グラトやリシュナと共に何件か魔獣の駆除依頼をこなしていたが、今日は初めて1人で現場にやって来たのだった。


 討伐対象は小柄な四足歩行の魔獣で、大きな顔面とぎらついた鋭い牙を持っていた。太陽がさんさんと照っているのも影響しているのか、大した魔力を持っているようには見えなかった。しかし、魔獣は5頭の群れを形成しており、一筋縄ではいかぬ様相を呈していた。

 そこで、2人の衛兵がアッシュと共に魔獣と戦うことになった。2人は衛兵の中でも屈指の実力者で、凄腕の剣の達人と槍の名手だった。2人は対魔獣用に魔力が込められた剣と槍を装備していた。


「グラトさんからいただいた魔法武器があれば、俺達でも魔獣を追っ払うことはできる。でも、駆除することはできないんだ。頼りにしてるぜアッシュくん」


「こちらこそ頼りにしています。協力して、かならず魔獣を駆除しましょう!」


 アッシュは強く頷きながら、2人の衛兵が持つ武器をまじまじと眺めていた。この剣と槍はリシュナが魔力を込めた“魔法道具”だ。一体、どれほどの効能があるのか。アッシュは気になってしょうがなかった。


「さあ、来るぞ!」


 5頭の魔獣が雄たけびを上げながら一斉に突っ込んでくる。刹那、アッシュは右手を横に広げ、“不死鳥魔法”を発動する。魔力が光り輝く炎の翼と化し、アッシュの目の前に巨大な火球を形作った。


「――不死鳥獄炎ヘルフレイム


 巨大火球“ヘルフレイム”は、アッシュの正面に向けて力強く撃ち出された。轟音と共に放たれた地獄の炎は5頭の魔獣を包み込み、激しく燃やした。一瞬にして3頭の魔獣が灰と化し消滅したが、残る2頭が両サイドに飛び出し、さらに加速してアッシュの喉元に牙を突き付けようとする。


「「させねぇよ!」」


 飛び掛かってくる2頭の魔獣を、2人の衛兵が弾き返した。魔獣たちは不意の一撃を受け、唸り声を上げながらそれぞれ左右へ吹き飛んでいった。

 アッシュは再び魔力を練り上げ、火球を生み出しながら右へ飛んだ魔獣の懐へ入り込んだ。そして、至近距離で火球を撃ち込み、魔獣の肉体を貫いた。大穴を開けられた魔獣が灰と化すのを待たず、アッシュは左へ吹き飛んだ魔獣へと視線を移す。


 残った最後の魔獣に対し、衛兵は2人がかりで応戦していた。当然、魔法を使えない衛兵が魔獣の命を奪うことは不可能だった。だが、2人の絶妙なコンビネーションによる剣と槍の連続攻撃は、魔獣に反撃の隙を与えなかった。

 衛兵の攻撃によるダメージはほとんど受けていないものの、魔獣は攻撃の1発1発に対して苦しそうな表情を見せていたのだ。きっと、リシュナが込めた魔力が効いているのだろう。


 その時、槍の攻撃が魔獣の堅牢な牙に弾かれ、二つに折れてしまった。連撃が途切れた一瞬の隙を見逃さず、魔獣は槍の衛兵に勢い良く巨躯をぶつけた。槍の衛兵は軽々と吹っ飛んでいき、地に転がったまま意識を失う。そして、魔獣の眼光は剣の衛兵の方へ向けられた。


「まずい!」

 

 アッシュは流纏走術で超加速し、剣の衛兵の元へ急接近した。スピードに乗ったまま衛兵の身体を抱きかかえ、一気に魔獣との距離をとった。しかし、それを追うように、魔獣は禍々しい牙が生えた大口を開けて飛び込んできた。

 魔力を振り絞り火球を生み出そうとするが、連続して2発のヘルフレイムを撃った影響なのか、次の魔力がなかなか練り上がらない。牙を光らせた魔獣はもう目の前だ。間に合わない。アッシュは絶体絶命のピンチに追い込まれた。頼みの火球魔法はまだ手のひらに収まるほど小さい。


 何か策はないかと考えを巡らせたとき、腕に纏った光り輝く炎の翼が目に入った。根拠はない。だが、アッシュにはそのイメージがあったのだ。

 強く握りしめた右手の拳を後ろへ引き絞り、腰を左へ回転させる。アッシュは炎の翼をムチのように振るい、魔獣の顔面を斬りつけた!


「ギエエエエェェ!」


 魔獣の断末魔が響き渡る。直後、最後の魔獣の肉体は黒いもやとなって霧散した。鼓動は加速し、呼吸は荒れていた。しかし、生きている。


「た、助かった……」


 隣で、死を覚悟していた衛兵が大粒のしずくを頬に垂らしながら言った。少し置いた後、ハッとして立ち上がり、相棒の衛兵の安否を確認しに駆け寄った。呆然としていたアッシュもそれに続く。


「よかった、息がある……! でも、強く頭を打ったみたいだ」と、衛兵。


「任せて」


 静かに呟くと、アッシュは精神を炎の翼に集中させた。


不死鳥治癒ヒーリング


 赤く燃え滾る炎の翼は柔らかな金色の光へと変色し、優しく槍の兵士を包み込んだ。あたたかい光は衛兵のダメージを和らげ、容態を安定させた。


「間に合わせですが、処置は済ませました。詰所へ連れて行って休ませてあげてください」


 優しく微笑みながらアッシュが言うと、剣の衛兵は涙をぬぐった。


「ありがとう、アッシュくん。君のおかげで魔獣を駆除できたし、相棒も助かった」


「2人がいなければ、5頭の魔獣を倒しきることはできなかった。それに、僕がもっと強ければ、誰も怪我することなく勝つことだって……」


 思わず言葉を漏らすと、剣の衛兵がガシッとアッシュの頭を掴み、ゆさゆさと揺すった。その仕草はガサツで乱暴ではあったが、手にはあたたかい優しさも込められているように感じられた。


「常に警戒を怠らず、町を守るのが俺らの仕事だ。俺らが町を守っているから、町の人々は安全に暮らせている。だが、たまに現れる魔獣ばかりはどうにもならん。だからこうやって、魔法屋に協力を依頼したり、魔法武器を融通してもらったりしているんだ。つまりその、何を言いたいかっていうとだな……」


「助け合い、ですか?」と、アッシュ。


「そう! それだ。確かに、魔法使いは俺みたいな平凡な人間よりずっと強いさ。だが、数の少ない魔法使いが常に見張りをやるなんて不可能だろ? だから、お互いにできることをやって、助け合って生きているんだ。 それを忘れるなよ」


 そう言いながら、衛兵は相棒を背負い、詰所へ向かって街道を歩き始めた。衛兵の言葉を胸に刻みつつ、アッシュは後ろをついて行った。

 門が開くと、2人はすぐさま槍の衛兵を詰所に運び込んだ。気が付くと、槍の衛兵は静かに寝息を立てていた。3人揃って生還できたことを改めて実感し、アッシュは深く安堵の息をついたのだった。


「では、僕は魔法屋へ戻ります」


「ああ、また次も頼む。っていうか、アッシュくんよ。あのムチみたいな魔法、最高にカッコよかったな。まるで炎が踊ってるみたいだったぜ」


 衛兵はアッシュの背中をバンッと叩いた。そして、少し遠い目をしながら「ありがとな」と小さく呟いたのだった。





 魔法屋へ戻ると、グラトが客人と話をしている最中だった。客人は――アッシュと同い年くらいの少年で、上質な布で造られたそこそこ高価そうな服装をしていた。腕や足など、ところどころに白い粉のようなものが付着している。


「おお、帰ったかアッシュ。紹介しよう、彼は東の村からやって来た、粉ひき屋のランドくんだ。彼が管理を任されている水車小屋が、何者かによって破壊されてしまったらしいのだ。直しても直しても、何度も壊されてしまうらしい」と、グラト。


「何者か……魔獣ですか?」と、アッシュ。


「それをリシュナと共に確かめてきて欲しい」


「リシュナ……彼女も外へ?」


「たまにはな。お前がしっかり守ってやるんだぞ」


 グラトはいつも以上に真剣な眼差しでアッシュを見つめて言った。何を言っているのだろう、とアッシュは思った。この数日で、リシュナの高い戦闘能力を嫌というほど思い知らされたからだった。

 どういうカラクリなのかわからないが、リシュナは空間移動魔法とは別にもう1つの得意技があった。彼女は魔力を具現化させて弓矢を作り出すことができたのだ。魔力の弓矢は遠く離れていても凄まじい威力を発揮し、連発すれば1度に多くの魔獣を仕留めることだってできた。


 戦闘面での心強さは申し分なかったが、リシュナには弱点もあった。普段は陽気な彼女だが、親しい人間の前以外では極度の人見知りぶりを発揮するらしく、外での仕事の時はいつも顔を隠せるフード付きのローブを纏っており、めったに言葉を発さなかったのだ。

 今、グラトの後ろに立っているリシュナは、すでにフードを深く被って顔を隠している。客人であるランドに強い警戒心を抱いていたのだ。普段、アッシュやシオンと話している時のような底抜けた明るさは欠片も見られなかった。


「シオンには別の仕事を頼んでいるし、私は町に残ってやらねばならぬことがある。いいな? どんなことがあっても、アッシュはリシュナの味方でいてやってくれ」


 グラトがリシュナには聞こえぬよう、アッシュの耳元で強く念を押した。その言葉には、家族を思いやるような優しさと共に、何か深い意味が込められているような気がしたが、今のアッシュには知る由もなかった。

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