第3章 生きるために

第16話 少年たちの生存戦略


「シオンから見て、アッシュはどうだった」


「……まあ、思ったよりは動けますし、使えますよ」


 魔法の力が宿った煌びやかな武器や宝石が飾られた店内に、シオンとグラトの声が響く。扉側の壁にある窓からは、桃色の朝日が差し込んでいる。


「お前が他人を褒めるとは珍しい。命を助けられでもしたのか?」


 グラトが目を細めて言ったのに対し、シオンは「はぁ」とため息をついた。


「あいつがいなければ、俺はあそこで死んでいました。凄まじい潜在能力……きっとまだまだ強くなる」


「あいつが古き血でもか?」と、グラト。


「俺はグラト先生以外の古き血を信用しません。でも……あいつのことは、ひとまず信じてみようかと思っています」


 遠くを見るような目でシオンが言った。それを聞くグラトの顔はどこか柔らかで、喜びに満ちたような顔をしていた。

 その時、階段の方から足音が聞こえてきた。起きてきたのは、眠たそうに目をこするリシュナだった。外にハネたクリーム色の髪がゆさゆさと上下に揺れている。


「おはよう、リシュナ」


 グラトが優しく微笑みながら言う。


「おはよ~グラト。あ、シオンだ、帰ってたんだ」


 キラキラした笑顔をまき散らしながら、リシュナが手を振っている。シオンは「おう」とだけ言って、片手を上げて答えた。


「アッシュも帰ってんの?」


「上でぐーすかと寝てる」


 シオンが2階の方を指さして言う。すると、リシュナは何か閃いたような顔をした後、悪戯っぽい笑みをにししと浮かべながら陽気に階段を上っていった。


「何か企んでやがるな……」


 シオンはため息をついて、グラトと顔を見合わせた。グラトは何やら嬉しそうで、ニコニコと白い歯を見せている。不思議に思ったシオンが首をかしげていると、グラトが幸せそうな顔を浮かべたまま開口した。


「リシュナもアッシュも、幼い頃に両親を失っている。辛く寂しい思いをした日々は、きっと想像を絶するものだったろう。心の傷はそう簡単に治るものではない。だからこそ、今こうして彼らが仲良くやっている姿を見れるのが、たまらなく嬉しいのだ」


「……グラト先生は優しいですね」


「孤独とは辛いものだ。孤独は心を殺し、やがて肉体すら死に至らしめる。私はそういう子供を1人でも多く救いたいのだ。もちろん、アッシュやリシュナだけではない。シオン、そしてのこともな」


 グラトの言葉に、シオンの眉がピクリと動く。


「ですが、グラト先生。そう言うならば、どうしてリシュナとアッシュを危険な任務へ行かせるのですか? 魔獣と戦えば死ぬことだってあるのに」


「ふむ……確かにそうなのだが、2人は少し特別なのだ。より複雑で険しい運命の星の元に生まれてきた。彼らが未来を安心して生きていくためには、身を守るためのチカラが必要なのだ」


 シオンは目を伏せ、またため息をついた。その姿を見て、グラトはシオンの正面まで近づき、頭に手を乗せてぽんぽんと叩いた。


「お前も大変なことは十分にわかっている。だが、今は私に力を貸してほしい。私では、彼らのすぐそばに寄り添うことはできない。年の近い――2人の兄貴分として、アッシュとリシュナを守ってやってくれ」


 そう言って、俯くシオンを残してグラトは店の奥の部屋へ消えていった。シオンはがっくりと頭を垂れたまま、しばらくの間その場から動こうとしなかった。





 耳元がくすぐったい。


 何だか、ちょっとあたたかいような気もする。


 ゆっくりと目を開くと、見覚えのない天井が視界に入った。どこだろうと一瞬だけ思ったが、アッシュはすぐに思い出した。昨日、魔法屋に帰ってきたのだ、と。

 その時、再び耳元にくすぐったい感触が走った。アッシュは驚いて、全身をゾクゾクと震わせながら肩をすくませた。耳に触れたのは、何やらあたたかい風のような……いや、違う。これは、吐息?


「ふぅーふぅー。あ、起きた。おはよ?」


 顔を横に向けると、目の前には紅く美しい瞳を輝かせるリシュナがいて、目を細めながらニタニタと悪戯な笑みを浮かべていた。一瞬、アッシュはルビーのごとく綺麗な瞳に吸い込まれそうになったが、ハッとして、ひっくり返るようにして驚いた。


「な、なにしてんの!?」


 アッシュは耳の先までカァっと熱くなるのを感じ、耳を手のひらで抑え込んだ。鼓動が痛いほど高鳴り、頭が真っ白になりそうになる。


「なにって、朝だから起こしてあげたんだよ~」


「だからって、耳元でそんな……」


「今、グラトが朝食を用意してくれてるからさ。早く起きてきなよ」


 それだけ言うと、リシュナはふわっと甘い香りを残して、アッシュが寝ている部屋から出ていった。アッシュはぽかんと口を開けたまま、少しの間ベッドの上から動けなくなった。

 しばらくして、ようやくベッドから這い出たアッシュは、頬をペチペチと叩いて気合を入れた。きっと、今日も仕事がある。がんばるぞ、と自分に言い聞かせた。


 階段を降りると、台所の方から濃厚なシチューの良い香りが漂ってきた。つられるように台所へ入ると、可愛らしいエプロンを身に付けたグラトが大きな鍋の前に立っていた。腕まくりをして、出来上がったシチューの最後の味見をしているところだったのだ。

 

「やっと来たぁ。二度寝しちゃったのかと思ったよ」


 部屋の隅に置かれたテーブルの横に座るリシュナが大きめの声を飛ばした。その隣では、シオンが人数分の食器を準備していた。


「アッシュ、シチューを皿に盛ってこっちのテーブルへ持ってきてくれ」


 シオンがコップに水を注ぎながら言う。言われるがまま、アッシュは調理をするグラトの元へ近づいた。シチューの豊潤な香りはアッシュの食欲を刺激し、腹の虫をぐぅ~と鳴かせた。


「グラトさんがいつも食事を作っているんですか?」


 アッシュはシチューを皿に盛りながら聞いてみる。


「いいや、うちは基本的に日替わりの当番制だ。これまでは3人でローテーションしていたが、これからは4人だな」


 グラトが優しくニコッと笑いかける。その言葉を受け、アッシュも同じように笑みをこぼした。料理の腕に少しばかり自信があったというのもあるが、何より仲間として受け入れてもらえたことが心底嬉しかったのだ。

 アッシュはグラトと共に4人分のシチューを皿に盛ってテーブルへ運び、揃って朝食をとった。グラトの作ったシチューは、身体も心もポカポカしてくるような、あたたかさと優しさの詰まった味だった。


「そういえばさ、アッシュは初仕事どうだったの? なんか、シオンとめっちゃ仲良くなってんじゃん」


 いち早くシチューを平らげてしまったリシュナが切り出した。アッシュは食べる手を止めていて、シオンはわざとらしく顔を背けながら、手に皿を持ってシチューを食べていた。


「シオンには色々教えてもらったよ。魔法のこととか、魔力の使い方だとか」


 アッシュが嬉しそうに言うと、シオンはシチューをガッと掻き込んで、ぐいっと水を飲み干した。そして、「ごちそうさまでした」と言って席を立ち、食器を片付けて部屋から出ようとした。


「あれれ~、シオン。もう行っちゃうの? もう少しお話ししようよ」


「俺はやることがあるから、もう部屋に戻る。それと――」


 シオンはちらりとアッシュの顔を見たが、すぐに視線を外した。


「いや、何でもない。いいかアッシュ、余計なことは言うなよ」


 そう言って、シオンは階段を上ってしまった。「余計なことってなんだよ」と思いつつ首をかしげるアッシュを、リシュナは頬杖をついて柔らかな表情をしながら見ていた。


「ね、シオンの秘密でも握っちゃったの? 何を口止めされたの?」


 興味津々な様子でリシュナがぐいっと顔を近づける。ルビー色の瞳がより一層輝きを増していて、眩しさのあまり目を瞑ってしまいそうになった。


「ねぇ、どうなの~?」と、リシュナ。


「僕も何のことかわからないよ。説明不足だ」と、アッシュ。


「シオンって頭良いけどさ、皆が自分と同じくらい頭良いって思ってるところあるんだよね」


「はは、何かわかるかも」


「だよね! アッハッハッ!」


 アッシュとリシュナが笑い、グラトがほほえましく2人の姿を見ていた時、どたどたと荒い足音が階段の方から聞こえてきた。すると、シオンが物凄く不愉快そうな顔を覗かせ、アッシュとリシュナを交互に睨んだ。


「全部、聞こえてっからな」


 一言だけ言い残し、シオンは再び階段を上っていった。アッシュとリシュナは背筋をピンと伸ばしたまま、口を一文字にしたまま目を泳がせていた。

 ただひとり満足そうな表情を浮かべていたグラトはゆっくりと立ち上がり、両手を合わせてパンッと音を鳴らした。


「さて、2人は今日も仕事だぞ。リシュナは昨日と同様に、魔法道具の作成を頼む」


「はいはーい」


 リシュナは面倒くさそうに返事をして、台所から出ていった。


「魔法道具?」


「魔力流纏については、シオンから聞いただろう。リシュナには壊れない程度の魔力を武器や装飾品に込めてもらい、魔法の力を帯びた道具を作ってもらっている」


「もしかして、リックさんの牧羊杖のような?」


「正解だ。魔獣を倒すことまではできないが、追い払うことくらいならできる。要は、魔力を持たぬ普通の人間向きの護身用武器だ。門のところにいた衛兵も、魔力が込められた槍や剣を持って町を守ってくれている」


 「なるほど、そういうことか……」と頷いていると、グラトが急にぼんとアッシュの背中を叩いた。


「さあ、仕事の時間だ。アッシュは私と来なさい。しばらくは町中で小さめの仕事を探す。その間に、魔法の勉強もたっぷりしておかないとな」


「え、探すんですか?」


「先日のような大きな案件――町から離れた場所での仕事は、あまり多くはない。基本的には、エルレミラの町の中で困っている人や助けを求めている人を見つけて、手を貸してやるのが我々の仕事だ」


「なるほど……歩き回って探すんですか?」


「ただ歩き回るだけでは退屈だろう。私は、積極的に人々と交流を深めていくことこそ大切だと考えている。我々の仕事は信頼が第一だ。信頼できる関係性を築ければ、仕事にも繋がってくるというものだ。それに、こういうのはお前の得意分野だろう?」


「うーん、まあそうかも……彼らよりは」


「そういうことだ、さあ行こう」


  グラトとアッシュは手早く台所の片付けを済ませ、台所を出た。槍の穂先に手をかざして魔力を込めるリシュナを横目に見ながら、店の扉を開けてエルレミラの町へ繰り出したのだった。

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