第19話 シオ-ムスビを携えた依頼《クエスト》攻略、いとめづらし・その四

「はあ~、お腹が空きましたわね……」

「ぽーん……」


 見知らぬ土地に気付けば辿り着いた私はヨーリを抱えながら、ふらつく足で食料を探していました。

 一体どこなのか知りたい気持ちはあれど、お腹が減って頭も回りません。


 お腹が減りました。

 此処は一体何処か。

 お腹が減りました。

 海賊の皆さんはご無事でしょうか。

 お腹が減りました。

 何故転移の魔法が発動したのか。

 お腹が減りました。

 あれは誰でしょうか。

 お腹が減りました。

 ヨーリのおにく……。

 お腹が減りました。


 とまあ、こんな具合です。

 ヨーリが腕の中で震えています。どうしたのでしょうか。


「若! お気を付けください」


 声が聞こえ、その方向を警戒します。

 なるほど、これに怯えてヨーリは、ヨーリのおにくは……もとい、ヨーリは私が守ります!


「ぽぽーん!」


 先程視界に入っていたものを漸く思い出します。

 二人組、黒髪の男性でした。

 中々鍛えているようで、グロンブーツ王国でもここまで美しい動きをする方はあまりいらっしゃいません。

 蒼騎士さんくらいでしょうか。


「大丈夫だ」

「いや! ですが、その女は金髪、外の国からです」


 何か言い合いをしているようですが私の頭はぼーっとしすぎて回りません。

 えーっと……。


「そこの貴女、どこの国から来られた!?」

「わ、私は、グロンブ……」


 私の意識はそこで途絶え……


 ぐぅうううううううううううううううう。


 ……る前に、お腹の音が鳴りました。鳴ってしまいました。

 元貴族の女としては恥ずかしいですが、いい仕事をしました、お腹さん。

 私の空腹を伝えてくれましたから。


「だ、大丈夫ですか? 腹が減っているのですね? よければ、これを……」

「若! こんなあやしげな女に施しなど……」

「ヤスケ、私は、ツルバミのものだ。だが、人間だ。人の道を踏み外し、畜生の道を歩みたくはない。奴らのように……!」


 お二人が何やら揉めているようですが、どうやら一方の男性は助けようとしてくれている様子。

 優しい人ですね。声からも分かります。素敵な声……。

 その声に導かれるように私は夢中で手を伸ばします。


 すると、


 むにゅ。


 なにかを掴んだ感触。見ると、その男性が差し出してくれたナニカでした。


「塩おむすびです。よければ」


 シオームスビ。


 それは、キラキラと輝いていました。

 神々しい光を纏い、陽だまりのようなあたたかさを帯び、そして、こちらに微笑みかけてくれるような。


 私は気付けば、それを口に運んでいました。


 それは、奇跡でした。


 何とも言えない優しい味。例えるならば、豊穣の女神が司る大地のような包容力。

 私に活力を与える塩。例えるならば、広大な海の女神が与えてくれた希望。

 そして、人のあたたかさ。


 シオームスビ。

 それは、奇跡の名前。


 私を救う救世主のお名前でした。

 私は、ヨーリに小さく千切って食べさせると、ヨーリは慌ててそれを口の中に入れ、何度も何度も噛み締めます。


 戦闘や転移酔いで負荷をかけ過ぎていた身体が癒されていくのを感じます。

 そして、意識もはっきりしてきて、頭も回り始め、目の前の男性が優しく微笑んでいらっしゃったことに気付きます。


「よかった。元気になられたようですね」

「は、はい……あの」

「若!」


 私が話しかけようとすると、奥にいた黒服の男性が叫びます。

 その瞬間、目の前の男性の目も鋭くなり、腰に差していた剣に手をかけます。

 いえ、あれは、確か、カタナと呼ばれる東国の武器。

 確か、なんとかという方たちが使う……。


「餓鬼共のようです!」

「ちい! 海薬草を取るのに夢中になり過ぎたか。一先ず、彼女を安全な場所まで」

「そいつを守るのですか!?」

「おなごだぞ! 当たり前だ! ……すみません、結局貴女を巻き込んでしまったようだ。餓鬼は我々が相手しますので、貴女はじっとしていください。これを……」


 黒髪の優しい方の男性から頂いたのは紙のようでしたが、何か分からず首を傾げます。


「これは?」

「え? オフダです? もしかして、知らないのですか? 入国の際に、いくつか渡されませんでしたか?」

「え、ええ……」

「若! そいつ、裏の人間では!? もしくは、島流しにあった罪人とか!」

「であったとしても、放っておけるか! いいですか? このオフダは魔力を込めると魔法のようなものが使えます。護身程度の力しかありませんが、もし、襲われたらそれで餓鬼供を一旦退けて私を呼んでください」

「魔導具? でも、そんなものを頂いてよいのですか? 貴方が危ない目には……」

「これでも、サムライ。そして、あやつはシノビ。あんな餓鬼共には負けません! で、は……」


 その瞬間、背後に迫る魔物。サムライさんは一振りで切り倒してしまいます。

 それは、美しい剣筋でした。


「すごい……って、ああ、ヨーリ!」


 ヨーリはさっきのシオームスビが置いてある場所へとふらふらと近づいていました。

 それに気付いた魔物がヨーリに襲い掛かろうとします。

 サムライさんは、それに気付きヨーリを庇い一撃を背に受けてしまいます。

 状況有利と気付いた魔物達が、シノビさんを無視してサムライさんに一斉に襲い掛かろうとします。


「若!」


 私は、シオームスビを、いえ、ヨーリと彼を守るために、頂いたオフダに魔力を込めます。

 すると、


― 漸く辿り着いたようだね ―


 不思議な声が聞こえ、私は慌ててオフダを見ると見たこともないはずの紋様が描かれたオフダの全てが頭の中に入ってきたような感覚に襲われ魔力が溢れ出します。


 そして、オフダをかざすと……巨大な炎の竜巻が現れ、全てを飲み込んでいくのでした。


 よかった。サムライさんも、ヨーリも、シオームスビ様も、無事だったようです。






「……それが、私とシオームスビの出会いでした」

「……そっかそっか。ゲンブ様との出会いでも良かった気がするけど、まあ、いいや。うん。まあ、シオームスビは偉大かもな。シオームスビを味わう為に、お嬢ちゃんが一掃してくれたわけだし」

「勿論です。こんな神聖なものを頂く時間を邪魔されたくはありませんから」


 私が、浜に出て小鬼を一掃する作戦を提案したのはその為もあります。

 祈りの時間、そして、味わう時間。シオームスビとのひと時を大切にしたかったのです。


「まあ、もうひとつの理由の方が大切ですが」

「だな」


 その時、遠くで物音が。

 現れたのはゴウラさんでした。ですが、


「ビオラ、タノム。タスケテ、クレ……!」


 ゴウラさんは、ボロボロでした。

 どうやら嫌な予感は当たっていたようです。


「急ぐか、お嬢ちゃん」

「ええ。私たちの最悪の想定、大襲撃スタンピードでなければ良いのですが……!」


 食事を早めに済ませておいた私たちはゴウラさんの元へと駆け出すのでした。

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