第20話 グロンブーツという王国の崩壊、いとあし・その二★

「ギルド長はいるか!?」

「は、ははあ! こちらに! よ、ようこそおいで下さいました! アレク王子!」


 背の高いも口髭をたくわえた男が慌てて奥から飛び出してきた。


「きょ、今日は、どのようなご用向きで?」

「とぼけるな……! 最近、冒険者共がちゃんと仕事をしてないと報告が入っているのだ!」


 そう、態々この国の王子である私が冒険者ギルドまで来たのには理由があった。

 以前、ディフォルツァ家のロレンツに聞かされていた『冒険者が仕事をしなくなり、国外への流通が麻痺し始めた』というのがどんどん悪化の一途を辿り、今となっては、経済状況が見るからに悪化しているのだ。


 聞くところによると、冒険者ギルドの依頼達成率や速度が他国の冒険者ギルドに比べ目に見えて落ちているらしい。


 怠慢にもほどがある。


 冒険者ギルドにはロレンツを介し圧力をかけていたのだが、それもあまり功をなさなかったようで、ロレンツが父上に泣きついてきた。

 そして、父上に私が進言したのだ。私が冒険者ギルドに喝を入れてくると。


 王子直々に来たという事の重大さを見せれば従うに違いないと私は供を連れてやってきた。


 昔、冒険者ギルドに興味を持ち視察に行こうとしたのをあのにっくきヴィオラに、ならず者のたまり場ですからとまるで見てきたことがあるかのように事細かに説明され強く止められ来たことがなかった。

 どんなところかと思ったが、閑散としており、素行の悪そうな男共が昼間から酒を呑んでいて、成程こんな奴らに仕事は出来まいと私は溜息を吐いた。


「腐っているな、この冒険者ギルドは……」

「い、いえ! あの! それは……!」

「なんだ、申し開きがあるならば、一応聞いてやろう」


 ギルド長は、揉み手をしながら私の顔色を窺いつつ、話始める。


「ヴィランという鉄仮面の冒険者がおりまして。鉄仮面のあやしい冒険者ではあったのですが、非常に優秀でして。魔法は使えないのですが、非常に人を纏めるのがうまく、ヴィランが仕切るなら依頼攻略に参加するという者たちもいる位でして……。それで、そのヴィランが二か月ほど前に唐突に姿を消してしまい、依頼達成率も速度も落ちてしまいまして」


 二か月前ヴィオラが出て行った頃か。

 ヴィオラが出て行くのは一向に構わんが、その冒険者が出て行くのは痛かったな。


「だが、その冒険者一人が居ないくらいでここまでになるのか?」

「いえ、その上、ウチの元ギルド長が辞任しまして」

「は?」

「元々とても有能な方で、冒険者ギルド本部でも一目置かれているような方で、ヴィランの姿が見えなくてなってからも彼女の力でなんとか回せるだろうと我々も考えていたんですが、ヴィランが居なくなった日に辞任を申し出まして、流石にそれはということで暫く踏みとどまってくれていたのですが、とうとう先月辞めてしまいまして」

「何故だ!? 不当な扱いがあったのではないか」

「いえ、人探しに出るとかで。この国には居ないから依頼も出せないので自分で探しに行くと仰いまして」

「何故この国には居ないと分かる」

「国外追放された方のようでして」


 国外追放? まさか?


「その人物の名は言っていたのか」

「ええ、ディフォルツァ家のヴィオラ様だそうです」


 何故?

 あの忌み子を?


「そ、そうか……何故かはわかるか?」

「いえ、そこまでは……」

「だから! 俺が言ってるだろうがよおお! ヴィランの正体があのお嬢ちゃんなんだってぇえ!」


 ギルド長の言葉を遮りながら、ガラの悪そうな酔っ払いが叫んでいた。

 ヴィオラが冒険者を何を馬鹿なことを……あの、堅物ですぐに物事を解決したがるせっかちで時に兵たちを実力で分からせ仕切りたがりのあの女が……………。


 あり得る。


 あの野蛮な女ならそれもあり得る。

 いや、だが、しかし。

 であれば、私は。私があの女を追放したせいで。

 いや、そんなはずはない!


 私は頭を振って、馬鹿な考えを捨てる。

 と、そんな事をしている内に、酔っ払いがこちらに向かって歩いてきていた。


「おうおう、王子様、聞いたぜ~。ヴィオラさまを追い出したのはあんたなんだってな~、うひひ、大変なことしちまったなあ~。お陰で、あの美人ギルド長は居なくなり、ヴィランを慕っていた【蒼騎士】や【白虎】も他に流れて。そいや、金づるが居なくなったとか言って【金の魔女】もいなくなったけど、あれもヴィオラ様のことかもな」


 ヴィオラが冒険者の金づるに? そんなわけがない。

 ヤツはドケチで、私の買うもの一つ一つに文句を言っていたくらいだぞ。


「大体よお、そんなに魔物をころしたいなら、てめえら王国軍のやつらがやればいいじゃねえか。けど、出来ないよなあ。散々、城の中でふんぞり返っていただけのおめえらじゃよお」

「貴様……! よほど死にたいらしいなっ……! 不敬罪だ! 構わん、やれ!」


 私が命じると、王国騎士達はその酔っ払いに襲い掛かる。


「ういい~、おせえおせえ。ヴィランの訓練の方がよっぽどだったぜ」


 その冒険者は酔っ払いの癖に、こともなげに騎士たちの攻撃を躱し、同士討ちさせていた。

 そして、四人いた騎士はあっという間に倒され、


「さあ、王子サマ、どうする? 自慢の王国兵はやられちまったぞ」

「調子に、乗るな……!」


 私は魔法を発動させようと詠唱を始める。

 だが、その詠唱の途中で、思い切り殴られた。


「ぐべえ……! き、貴様、何をする!?」

「なにを、する……? あっはっは! 魔法使おうと詠唱し始めたんだ。止めるに決まってるだろう! なんだ? 実戦は初めてか? 王子サマ?」


 馬鹿にしやがって……! 実戦はやったことがある。いや、やらされたのだ。

 ヴィオラと。

 ヴィオラはあろうことか私をコテンパンにし、魔法が使えても実戦で使えなければ意味がない。私如きに負けるのだから身体を鍛えるべきだとか言ってきた。

 それ以来、私はヴィオラとの訓練は絶対にしなかったし、ヤツのいう事など聞く事無く、より強大な魔法が使えるように修練に励んだ。


 私は上級魔法だって使えるのだ。なのに……!

 私はもう一度詠唱を始め、ヤツにぶつける上級魔法を練り始める。


「まだやる気かよ……よおし! じゃあ、俺がヴィランセンセイに代わり、おめえさんに教えてやろう。上級魔法を使う時はな、敵の攻撃を防げる条件を整えろ、あらゆる可能性を考えろ」


 うるさい! ヴィオラみたいな事を言うな! 腹が立つ!


「こういう防ぎ方もあるんですよっと!」


 男は、テーブルに置かれていたナイフを投げつけて来た。はあ!? なんて野蛮な……!


 ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!


 ナイフは私の右横すれすれを抜けていき、カウンターに刺さっていた。

 私は腰を抜かし、そして、


「あっはっはっは! おいおい! 王子サマ、腰抜けはともかくお漏らしはねえぜ!」


 男が私の股間を見て笑っていた……。


「おおっと、これ以上はマジで色んな意味であぶねえからな! じゃあな、王子サマ! 最近、小鬼ゴブリンが増えてるからな。せめて小鬼くらいは倒せるようになれよ」


 そう言って酔っ払いは冒険者ギルドを飛び出していった。

 私は、何も助けてこなかった役立たずギルド長が布を持ってくるまで、座り込んでいて、その姿は噂となり、私はお漏らし王子だと国中に、いや、国外にも知られるようになってしまった。

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