44年目

 葬儀場で、お母さんはすすり泣いていました。


 お父さんが、亡くなりました。


 お仕事中の事故でした。


 停止指示を無視した乗用車が、交通誘導中のお父さんに突っ込みました。

 高所作業車と乗用車の間に挟まれたお父さんは、すぐに病院に搬送されましたが、搬送先で死亡が確認されました。


 ながらスマホによる脇見運転でした。


 涙を浮かべながら、お母さんはお焼香を上げる参列者の会釈に応えます。


 その隣には、ナオちゃんとその旦那さんと、娘のサキちゃんが座っています。


 サキちゃんは数か月後に着るはずの、中学校のセーラー服のお披露目がこんなタイミングになってしまったことに落ち込んでいます。


「おじいちゃん、制服が届いたから、今度見せにいくね」


 サキちゃんから電話を受けたとき、「楽しみだな」と笑っていたことを思い出し、サキちゃんの視界も涙に滲みます。


 ユウ君もきっと、辛いんじゃないかな。


 普段からいろいろと言われていたけど、全部ユウ君のためだって、わかってるよね?


 ねぇ、ユウ君――、


 ……あれ?ユウ君どこ?


 親族の席に座っているのは、お母さんとナオちゃん一家の4人だけです。


 どこかにいるのかと思いましたが、さすがにこんなタイミングでここにいないなんて話はないと思います。


 はて、ユウ君はいったいどこに……?




 なんと、ユウ君は家にいました。


 自室です。


 パソコンに向かっています。


 いつもの無料漫画サイトを一巡し、ブラウザゲームのガチャを回していました。


「こいこいこいこい……!っだぁぁぁぁぁ‼クソ運営が‼」


 3周年記念で配布された10連ガチャ石を使って、でも狙っていたSSRが出なくて、暴言を吐いていました。


「ま、あとちょっとの辛抱か。慰謝料とか入るだろうし」


 ですが、すぐにけろっとしてそんなことを口走ります。


 ユウ君は、よくわからないから嫌だと言って、喪主になるのを断りました。


 それどころか、親戚に会うのも嫌だと言って、葬儀への出席すら断りました。


 ユウ君、それはないんじゃない?

 お父さんだよ?


 ですが、そんな思いなど露知らず、ユウ君は勝手にいろいろと想像します。


「多分生命保険とかも入るだろー。事故の慰謝料っていくら貰えんのかな。1億とか?お父さんの年金とかなくなるだろうけど、まぁ、なんとかなるっていうか、豪遊できんじゃね?お母さん、俺には甘いみたいだしな」


 すごく楽観している様子です。

 今後の心配とか、お父さんがいなくなってどうなるのかとか、全然気にした様子はありません。


「そもそもだ。俺のこと追い出そうとした報いなんじゃね?親が育児放棄とか、ふざけんなっての」


 そう言って、コッペパンをかじるユウ君。


 どうやら、口うるさいお父さんがいなくなって、喜んでいる節があるみたい。


 ユウ君、さすがにそれはクズ過ぎだよ?


 

 

 果たして、お父さんは死の間際に何を思ったのでしょうか。


 恐怖もあったでしょう。


 例えようのない苦痛もあったでしょう。


 お母さんを残して、辛かったでしょう。


 サキちゃんの成長も見守りたかったでしょう。


 ユウ君が真人間になって、これまで迷惑をかけたと、これからがんばると、そう言ってくれることを夢見て、それが叶わなかったことを、とても悔やんでいたことでしょう。


 残念ながら、今のユウ君は、そんな思いのひとかけらすら、汲んでくれることはありませんでした。

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