43年目
さて、ユウ君ばかり見ていると、部屋の中でパソコンに向かっているだけという、ほとんど変わり映えしない退屈な日常を延々と繰り返しているので、少し別の人に焦点を当ててみましょう。
まずはお母さんから。
お母さんは、10時になると身支度を整えて家を出ます。
どこにいくのでしょうか?
自転車で向かった先は、10分もしない場所にある、駅前のお弁当屋さんです。
「おはようございまーす」
朗らかに挨拶してドアをくぐるり、数分後、エプロンと三角巾を身に着けたお母さんが、厨房に現れます。
「あ、神在月さん、来て早々悪いけど、キャベツの千切りお願いできる?」
「はい、任せてください」
お母さんはささっと動き、段ボールの中に詰まっている大量のキャベツを取り出して、外葉の処理と水洗いを手際よく済ませ、千切りに入ります。
現在10時40分。
開店の11時までにお弁当の第一陣は8割方並べ終え、今取り掛かっているのは第二陣分です。
安くて量が多いことで有名なここのお弁当は開店してすぐに、店頭に並んだ30個以上積まれた分が売れてしまいます。
なので、一緒に売っている総菜を作りながら、お弁当の第二陣に取り掛かっているのです。
ここは中年の女性が一人で切り盛りしていましたが、ひょんなことからお母さんが、昼の忙しい時間だけ手伝うことになったんです。
「終わったら、こっちの揚げ物もお願いしていい?油切りしてある分あるから」
「はーい。あとちょっとで終わるので、すぐに」
お仕事は午前10時半から午後2時までで、お弁当を作るお手伝いと店頭への品出し、お昼のピークが終わった後は、夕方に出すお総菜の仕込みも手伝います。
お給料は少し安めですが、仕事が終わったらお弁当やお惣菜を少し持って帰れるので、すごく助かっています。
この仕事をきっかけに、ユウ君にも一食だけご飯が出るようになりました。
ユウ君、ちゃんと感謝してよね!
続いて、お父さんです。
同じころ、お父さんは青い制服を着て、赤い棒を振っていました。
ガードマンのお仕事です。
一日中立ちっぱなしの仕事です。
週3日の勤務ですが、70歳を超えた体にはかなりこたえます。
電力工事での片側通行をしていますが、イライラしたドライバーからクラクションを鳴らされたり、同行する二回り以上年下の作業員の人からも怒声が飛んでくることもしばしば。
道具を取れと言われて、でも交通誘導以外の作業をするなと言われていると答えると舌打ちされて、仕方なく対応すると、今度は警備会社から怒られる始末です。
世の中、理不尽だよね~。
お父さん、大変だよ~。
そんな、ある日の夕方です。
「神在月さん、どうしてそんな歳まで仕事してんです?」
その日一緒に仕事をした30代の作業員から、帰社中の車内で雑談していました。
「年金だけじゃ、いろいろと不安なもので。息子のこともあるし」
「息子さん?」
「えぇ。お恥ずかしい話なんですが、無職でずっと部屋に引き籠ってるんですよ」
「ああ、ニートってやつですね。大変ですねー」
お父さんは、ユウ君よりも一回り年下の作業員にいろいろと相談しました。
どうしたら部屋から出てくれるのか。
どうしたら働いてくれるのか。
どうしたら今の自分に危機感を覚えて動き出してくれるのか。
結論など出ないまま、帰社。
足を棒のようにして、お父さんは今日も家に帰りつきます。
家を見上げると、カーテンを閉めたままの二階の部屋、そこから漏れる白い光が見えます。
「はぁ……」
大きなため息をついて、お父さんは玄関をくぐりました。
ユウ君、お父さんもお母さんもがんばってるよ?
ユウ君も、がんばろう?
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