40年目

「ユウ、お母さん、病院に行ってくるから」


「……」


 一階から上がるお母さんの声に、ユウ君は反応しません。


 ずっとパソコンに向かっています。


 10年モノになりつつあるデスクトップパソコンに向かい、匿名掲示板にいろいろと書き込んでいます。


 聞こえているのですが、何も反応せず、ただただキーボードで文字を打ち込み続け、時に笑い、時に舌打ちしながら、没頭していました。




 実は、先日お父さんが倒れてしまったんです。


 お父さんは70歳。まだ契約社員として、ユウ君が働いていた会社に残っています。


 その仕事終わりに職場の飲み会に誘われ、帰り道に転んでしまい、腕の骨が折れてしまいました。


 お母さんは慌てて病院へ、お父さんの許に駆けつけました。


 翌日にはナオちゃんもお見舞いに行き、意外と元気そうな姿を見てほっとし、「無茶しないでよ」と安堵の息を漏らしました。


 そんなある日のこと――


「ねぇ、兄キのこと、どうするの?」


 お父さんとお母さん、ナオちゃんの三人が揃った、病室でのことです。


「あのままじゃ、マジでヤバいでしょ」


 ナオちゃんが、厳しい顔をしてお父さんとお母さんに言います。


「ナオ……」


「…そうだな…」


 お母さんは目を背けていた現実に、お父さんはずっと胸の内に秘めていた感情を、溜息と一緒に吐き出します。


「もう、優も40だからな」


 お父さんは、ずっとユウ君に働けと、自立しろと言い続けましたが、いつの間にか勢いは衰え、孫のサキちゃんばかりを見てきました。


 あまりの現実に、向き合うことを恐れていたんです。


「追い出し屋ってのがあるみたいだけど、使う?」


「っ、ナオ⁉」


「だって、このままじゃ、お父さんとお母さんがかわいそうだよ。このままじゃ、ずっとあの家に寄生し続けるじゃんっ!!」


「ナオ、そんなこと言わないで?お兄ちゃんなのに……」


「お母さんだって、最近パートに行ってるじゃない。お母さんも働いてるのに、アイツはずっと家にいるんでしょ?家のことしてる?どうせしてないでしょ?ただ部屋にこもって、ご飯持ってきてもらって、ぐーたら生活してるんでしょ⁉」


「お兄ちゃんだって、がんばろうとしててね、お仕事で辛いことがあったみたいで――」


「仕事でつらいことがあるなんて、当たり前だよ…。そんなの、言い訳にならないよ…」


 ナオちゃんは唇を噛んで、ぷるぷると震えます。


 お父さんとお母さんは、そんなナオちゃんを見て、とても苦しくなってしまいました。





 その頃、ユウ君はというと――


「ハハ、BBAおつーwww。めっちゃ草ー」


 ゲタゲタ笑いながら、『50歳婚活女子 誰ともマッチングしない』という婚活スレに書き込みをしていました。


 ユウ君、雲行きが怪しくなってきたよ~。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る