37年目

 今日も清々しい朝です。


 そんな一日の始まりを、ユウ君は迎えました。


 着慣れたスウェットを脱いで、随分前にお母さんに買ってきてもらったダウンを着ます。


 あれ?ユウ君、お出かけ?


 これまでずっと引きこもってたのに、どういうこと?


 向かったのは、近所のスーパーです。


 お買い物?お使いかな?


 でも、開店時刻はまだまだ先だよ?


 構わず、ユウ君は正面の自動ドアを――通り過ぎ、搬入口に向かいます。


「はよーざーす……」


 蚊のなくような声で、中に入りました。


 ロッカールームに入り、エプロンを着けて出てきます。


 え?これはまさか……!


 モップを持って、床を掃除しはじめました。


 そう、ユウ君、なんとアルバイトです!


 実に7年ぶりのお仕事です!


 すごいぞユウ君、やっと踏み出したんだね!


 時給1,000円の品出しと清掃のお仕事で、4時間勤務。週3回のお仕事です。


 本当はフルタイムか、週5回にした方がよかったんですが、ず~~~~~~っとだらだらしていたので、まずはこれくらいから社会復帰です。


 お母さんは嬉しくて泣いていました。


 お父さんはまだちょっと不満顔ですが、引きこもっているよりはいいと思い、渋々ですが理解してくれました。


 あ、初日にどうせバックレるとか思ってるでしょ?


 残念でした。


 ユウ君はこれで3日目の出勤日です。


 少なくとも、初日に逃げ出したりはしていません。


 一通り床掃除をしたら、品出しに入ります。


 カートを押して、空いている棚にお菓子を陳列します。


 おぉ、お仕事してるよぉ……、ちょっと感動。


「ちょっとちょっと神在月くんっ」


 そこに、同じくエプロンを着けたおばさんがやってきました。


「並べる時は、奥のものを手前に置くのよ」


「え、あ、でも、一個だけだったから、別に、だいじょぶかな、とか」


 おばさんにやり方の指摘をされて、もごもごしながら応えます。


「え?ちゃんとこの前教わったでしょ?ちゃんとしてね?」


「あ、あの、すみません……」


 ユウ君、しょんぼりです。


「それとね、床がびしょびしょよ?ちゃんと絞ったの?滑って転んじゃったらどうするの?時間ないのよ?もう少しで開店時間だし」


 おばさんの追撃が入りました。


 あわあわするユウ君。


 すると、そこにさっと登場する女性が現れました。


高城たかぎさん、総菜コーナーまでの部分のことですよね?わたしが手伝うので、なんとかします。急ぎましょう、神在月さん」


 長いさらさらの髪をお仕事用にアップに纏めた、すらりとした綺麗な女性です。


 ユウ君の教育係になった、小森こもりさんです。


 多分二十代の、若くて綺麗な人なので、ユウ君はちょっと照れながらお仕事を教えてもらいました。

 すごく面倒見のいいヒトなんです。


 さっきまでの会話だとあたかもベテランパートの高城さんが教えたみたいに聞こえるかもですが、高城さんはただ気づいたので注意しただけです。


 ユウ君は小森さんと一緒に、急いで床掃除をやり直しました。


 どうにか開店時間前までにお掃除を終えたユウ君は、


「あ、あの、すみません……」


 申し訳なさそうに、ぼそりと謝ります。


「いえ、次は気を付けましょう。高城さん、結構細かいところ見てますから」


 特に怒った様子もなく、最後にフフ、と笑って返してくれます。


 ユウ君は再度照れてしまいます。


 なるほどね。親切な小森さんがいるから、このお仕事を続けられるんだね。


 自分のことを気にかけてくれる小森さんのこと、ちょっと気になってるみたいだしね。


 ユウ君、せっかくお仕事を始めたんだから、この調子でがんばって!


 ミスなんて誰でもするんだから!


 ファイトッ、ユウ君!

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