35年目

 ユウ君の元に、一通のハガキが届きました。


 同窓会のお知らせです。


 小学校の同級生が企画したもので、チャットアプリで声を掛け合っていたのですが、なるべく漏れがないように、念のため案内を郵送でも送っていました。


 お陰で、ユウ君にも案内が届いたわけです。


 小学校卒業から20年以上。


 もう、付き合いが続いている同級生は一人もいません。


 当初は無視しようと思ったのですが、


「あら、折角なんだから、行って来たらいいんじゃない?」


 お母さんが勧めてきます。


 ずっと引きこもっているユウ君が外出するいい機会だと思ったようです。


 同級生と会って気晴らしにでもなればいいと、お母さんは思っています。


「ほら、これで新しいお洋服でも買ってきなさい。参加費は……6,000円ね。なら、これだけあればいい?」


 お母さんは万札5枚をユウ君に渡しました。


「……わかった」


 ユウ君は同窓会に参加することになりました。


 無職引きこもり生活で太ってしまったため、まずは新しい服を買うことに。


 少し大きめのスーツと革靴を買ってきました。


 本当は靴なんか買いたくなかったんですが、カビが生えていたので。


 ¥12,900(税込)也。


 なるべく安く抑え、残りを懐に入れようという算段です。


 ちゃっかりしてるね、ユウ君。






 そして迎えた同窓会当日――。


 ユウ君は着慣れないスーツを着て、都心の居酒屋に到着しました。


 入り口できょろきょろしながら悩み、意を決して入店。


「いらっしゃいませー。一名様ですか?」


「あ、の、お、俺、ど、どうそう、かいで」


「はい?」


「同窓会、っていうか、久しぶりにみんな、集まって……」


 店員さん、あたふた説明するユウ君の言葉を理解できずにいましたが、断片的な単語をつなぎ合わせて事態を察しました。


「28名、林様でご予約の、ですか?」


 林詩織はやししおり。確かハガキの差出人はそうだったはずだと、小学校で活発な女子の姿を思い出します。


「ちゃんと案内とか出しとけよ…」


 ユウ君はぼそっと呟いてから、奥の座敷スペースに向かいました。





「では皆様、久しぶりの再会を祝して、カンパーイ!」


 ユウ君が席についてから20分後、乾杯の音頭と共に同窓会が始まりました。


 みんな、中学校まで一緒だったり連絡を取り合っていた人もいたようですが、ほとんどが20年近く顔を合わせていない者同士です。


 口々に懐かしい、久しぶりだと、昔話に花を咲かせ、近況を語り合います。


 30代半ば、仕事の愚痴もたくさん出てきます。


「ほんとしんどいわー。今日もクレーム対応だったし、マジブラック」


「わかる。でも、もう歳だし、転職とか厳しいしなー」


「神在月は?仕事どう?」


「あ、えっと……、しんどい、ね。現場と本社に挟まれたりとか」


「うわ~、わかるわ~」


 一人で黙って食べて飲んでいるユウ君に気を遣って、隣の同級生が話を振ってくれました。


 さすがに無職とは言えないので、お仕事していたときの経験を話して乗り切ります。


 思い出したくない思い出を語り、だいぶげんなりしているユウ君。


 そんなこと気にすることなく、周りの同級生はわいわい盛り上がります。


「そのストレスのせいでさー、先月も5万とか課金したよ」


「え?何やってんの?」


「あ、それ電車でも広告出てるよな」


 それは、最近話題の基本無料で遊べるオープンワールドRPGでした。


「あれ、面白いよね!ずっとやってるよ!」


 ユウ君もやっているので食いつきました。


 さっきまでと違い、本当に嬉しそうに語ります。


「お、神有月も?俺もやってるなー」


「だよねー、俺もだよ」


 にこやかにゲームについて語り合っていますが、微妙にニュアンスが違うことに、同級生は気づいていないようです。


「属性反応とかわかんなくてさ」「あー、最初理解するのムズイのわかる」「電電将軍強いよ」「俺始めたの最近だから、ピックアップ待ちなんだよねー」「人権キャラだからすぐに復刻されるでしょ、多分」


 しばらくこの話題で盛り上がります。

 家に引きこもってほとんど人と話していなかったユウ君にとって、楽しいことを共有できることがすごく嬉しくてしょうがないようです。


 来てよかったね、ユウ君。


「たださ、課金もほどほどにしないと、嫁に怒られるんだよね」


 楽しく語り合っていたユウ君の顔が、固まりました。


「そりゃそうでしょ。お前、子供そろそろ小学校じゃん」


 向かいに座る別の同級生がビールを注ぎながら笑います。


「好きなんだからしょうがないじゃん」


「教育費とか今のうちから貯めとかないと。俺も二人目生まれたから、今から『スマホほしい』とかねだられるの想像して震えてる」


「いやいや、気ぃ早いって」


 話題が家庭の話にシフトすると、ユウ君は何も言うことができなくて、静かになりました。


「ほんと、独身のころが懐かしいよ。あの頃は自由だったなって」


「確かに。夜泣きの時期とか、寝不足で頭ふらふらだったし。嫁さんも機嫌悪いしでさ」


「遠藤君まだいいじゃん。ウチの旦那、全部あたし任せだよ?あの時はめっちゃキレたからね」


「今日来れなかった知恵ちえ、来月出産予定らしいよ」


「おー、めでたいじゃん。ウチにあるベビーカー、もう使わないけどいるかな?」


「いいじゃん。聞いてみるよ。ベビーカーもそうだけど、服なんかすぐに入らなくなっちゃうから、大変なんだよねー」


「だよねー。すーぐぴちぴちになっちゃってさー」


 周囲の女性陣も会話に交じり、育児やママ友の話題で盛り上がります。


 もう、ユウ君は完全に話題に入ることができません。


「みんな子育て大変だよね」


 そこで、新たに会話に加わったのは、中井さんです。

 卒業式で、ユウ君に「一緒に写真撮ろう」って言ってくれた子です。

 とてもきれいな大人の女性になりました。


 ユウ君はドキッとしました。


 この同窓会で、再開して、ワンチャンあるかも、なんていう淡い期待を抱いていました。

 なにせ、卒業式の日の態度は、少なからずユウ君への好意が見え隠れしていましたから。


「あ、佳乃よしのも?」


「うん。長男が5歳になったんだけど、やんちゃでさ。ウチのと一緒に怒ってばっかだよ」


 淡い期待は粉々に打ち砕かれました。

 そりゃ、こんなきれいなヒト、放っておかれるわけないよね。


 ユウ君、とうとう耐えられなくなって、席を立ってトイレに向かいました。


 別にお腹が痛いわけでもおしっこしたいわけでもなく、ただこの場を離れたいがために。



「おっ」


 トイレから戻ってきて、元から座っていた席は別の誰かが座って会話に花を咲かせていたので、どこに座ろうかと悩んでいたところ、長身の男性と目が合いました。


 木村太一たいちさん。


 そう、タイ君です。


 日に焼けた肌とたくましい体つきで、最後に会ってからだいぶ時間が経っていますが、あの頃の面影が残っています。


「ユウ、こっちこいよ。空いてっから」


「あ、うん」


 声をかけてもらって、ちょっと嬉しそうです。


「久しぶりだよな、中学でもあんまり絡めなかったし、20年ぶりか~」


「うん、そうだね……」


「父さんの会社に入って、ずっと仕事だったからさ。大学行ったやつらのこと、ちょっと羨ましいって思ったけど、でも勉強苦手だしな、なんて思ったし、今はこれでよかったって思ってるよ。子供、二人育てるのもなんとかなってるし」


 タイ君はスマホを見せてくれます。


 タイ君と、肩車されている男の子。その隣には、綺麗な奥さんと、かわいい女の子。


 家族の写真です。みんな、笑っています。


 それを見て、ユウ君はまたも気を落としました。


 かつて、高卒で3K仕事をしているタイ君のことを、自分よりも下の人間だと思っていたのに、家庭を持って、しっかりと働いている。


 まっすぐタイ君の顔を見られません。


 まぁ、元から人の顔を見て話せないんだけどね。


「ユウは今、何してんの?」


「え?俺は、あぁ…えっと……」


 とっさに言葉が出てきませんでした。


 無職なんて、ずっと引きこもってゲームしているなんて、言えなくて。


「あ、ごめん、電話だ」


 ユウ君はポケットのスマホを見て、さっと立ち上がって、足早に出ていきました。


 もちろん、電話なんてかかってきていません。


 もう、あの場所にいることが、絶えられなくなってしまったんです。


『働け』


 お父さんの言葉が蘇ります。


『会社の部下がさ』


 勤務先の愚痴をこぼす同級生。


『ウチの子がさ』


 家庭を持っている同級生。


『お前は、今なにしてんの?』


 みんな、ユウ君をあざ笑っているかのように思えてなりませんでした。


「ちくしょう……っ!」


 居酒屋を飛び出して、急いで電車に乗り込んで、家に着いて「どうだった?みんな元気だった?」なんて声をかけてくれるお母さんのことも無視して、自分の部屋に入ります。


 帰りの道中、ずっと鬱々としていたユウ君。


 ですが、部屋に入るなり、涙をぼろぼろ流しながら、パソコンを立ち上げて掲示板に書き込みを始めます。


『ニートワイ、同窓会に参加するも、居場所がなくて退散』


 そして、心の内を吐き出します。


『結婚マウント子持ちマウントうざい』

『わざわざ自分から結婚という縛りを享受するキ〇ガイども』

『社畜自慢とか終わっとる』

『底辺職の癖にイキるんじゃねーぞ高卒が』


 同意する一部の人と文字のやりとりをして、『働け』『お前が底辺』『お前がガ〇だ』などの否定意見は一切無視します。


 1時間ほどやりとりをした後、不貞腐れてそのままベッドに倒れ込みました。




 その頃、居酒屋ではみんなで写真を撮ろうとなり、集合写真を撮りました。


 グループチャットを作ってその場で共有され、同窓会はお開きになりました。


 当然、ユウ君は写真に写っているわけもなく、写真が共有されるわけでもなく。


 ほとんどの人がユウ君がいなくなったことに気づかないまま、同窓会はお開きになりました。

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