30年目

「優っ、どういうことだ!」


 神在月家の中で、怒鳴り声が上がりました。


 リビングで、顔を真っ赤にしたお父さんと、しゅんとうつむいたままのユウ君。


 修羅場です。


 ユウ君、会社を辞めてしまいました。


 退職代行を使いました。


 職場の人に変な目で見られたり、バカにされるのが怖いからです。


 弁護士が運営元のサービスを使ったので、10万円くらい使いました。


 よくわからなかったけど、交渉とかやってくれるらしいから、っていう理由です。


 ユウ君、もうちょっと調べようよ…。


「なんとか言ったらどうだっ!」


 ずっと黙っているユウ君に、お父さんの怒鳴り声はだんだん大きくなります。


「大原さんにも失礼だろう!」


 大原さんは、お父さんがすっごくお世話になった元上司の人です。

 面目丸潰れだと、お父さんはカンカンです。


 ユウ君は何も言い返せません。


 ただ仕事が辛くて、苦しくて、耐えられなくて、辞めてしまったユウ君。


(結局、メンツかよ……。俺がどれだけつらいかも知らずに……)


 ユウ君もイライラしていました。


 自分がどれだけつらい思いをしていたのか、どんな思いで仕事を辞めたのか、どれだけ怖くて、悩んだのか、理解してもらえなかったからです。


「なんだ、その目は」


 お父さんは不満を持ちながらも何も言わないユウ君に気づきます。


 ですが、ユウ君はビクッとするだけで、何も言い返せません。


 怖いので。


 なので、逃げました。


「おい、優っ!」


 階段を駆け上がり、自分の部屋に飛び込みます。


 いつものように、布団を頭からかぶって、丸まります。


 ドアの外から怒鳴り声が聞こえますが、ユウ君はスマホにつないだイヤホンで耳を塞ぎ、いつも見ている動画を再生します。


『君はずっと頑張ってきたから、休んでいいんだよ?』


 女の人の声が再生されます。


『ダメなんかじゃないよ、君はちょっと疲れちゃっただけ』


 自分を責める声ではない、慰めてくれる声です。


『ちょっとだけ、休もう?』


 つらいっていう気持ちを、癒してくれる声です。


『もっと、わがまま言っていいんだよ?』


 自分を縛ってばかりではなく、外に向かって吐き出してもいいと、言います。


「俺は、悪くない…。みんな勝手で、言いたいことだけ言って、あいつらが、みんな悪いんだ…」


 ベッドの上で、布団にくるまって、震えながら、ぶつぶつと呟くユウ君。


 ユウ君、ちょっと休んだら、またがんばろう?


 ユウ君ならまた歩き出せるって、信じてるからね?

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