24年目
4月1日の朝、ユウ君は鏡の前で、慣れない手つきでネクタイを締めます。
今日は入社式です。
家から電車で2時間の場所にある研修センターが、入社式の場所であり、一か月間の職場でもあります。
ユウ君が入ったのは通信会社なので、通信技術の研修もありますが、まずはビジネスマナー研修です。名刺の渡し方やメールのマナーを教わり、グループワークをして。
2週目になってから、通信のお勉強が始まります。
その中で、ユウ君が思わず固まってしまうものがありました。
昇柱訓練です。
研修センターの模擬電柱に脚立を立てかけて、昇ります。
怖いです。
下を見てはいけません。
ビクビクしながらユウ君は足場ボルトを掴み、一歩ずつ昇っていきます。
目線の高さは6メートル。もし落ちたら大ケガです。
周りの同期も、きっと怖いと思っている――様子はなさそうなか?
むしろ、ビクビクしているのはユウ君だけかも?
本当は、こんなことしたくないと、ユウ君は言っていました。
現場ではなくて、デスクでバリバリ働きたいと。
でも、まずは現場に出なくてはいけなくて、そのための研修は必要で。
仕方ないと思いながら、ユウ君は慎重に電柱に昇ります。
そんな臆病な空気が伝わっているのか、周囲からはクスクスと笑う声が。
「ビビりすぎ」「震えてんじゃん」
そんな声が、周囲の同期から漏れ聞こえます。
ユウ君は急に恥ずかしくなりました。
怖いと思っているのは自分だけで、周りからするとなんてことはないことで。
自分は劣っているんだと、周囲から笑われているのだと思うと、情けなく思えてしまって。
「お前ら、何笑ってんだ!」
そこで、怒鳴り声が聞こえました。
研修センターの年配社員の方です。ちょっと顔が怖いです。
「危険作業なんだから真面目にやれ!」
強面年配社員はユウ君を茶化している人たちを叱ります。
同期たちは渋々といった感じて「すみません」と謝り、それからは黙りました。
ユウ君が慎重に電柱から降りると、
「お疲れさん」
さっきの強面の人が声をかけてきました。
「は、はいっ、お疲れさまですっ!」
ユウ君、強面にちょっとビビってます。
「あんまり気にすんな。しっかり気を付けてくれればいいから」
そう言われました。
怒られるかも、とユウ君は思っていたので、ちょっと意外でした。
「ああいう、危険を危険と思わないのがいるから、事故が起こるんだ。だから、お前は今日の『怖い』っていう気持ちを忘れないでくれな。実際に危ない作業をしてるんだ。危ないって思ったら手を止めていいし、現場で先輩や課長に『ここは危なくて昇れません』って言っていいから」
声も顔も怖いですが、すごく熱意をもって、ユウ君に語ってくれます。
同期たちは「こんなのなんでもない」っていう風だったけど、自分の「怖い」って思う気持ちを否定せずに、むしろ肯定してくれて、ユウ君はすごく嬉しくなりました。
「は、はい!ありがとうございますっ」
さっきまでの情けないと思っていた気持ちはどこへ行ったのか。
晴れやかな表情に変わったユウ君は、残りの研修もがんばって取り組みました。
がんばって、ユウ君。
体に気を付けて、お仕事がんばってね!
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