21年目
10月のある日、ユウ君は顔をしかめていました。
前期試験の結果を見て、おでこにシワを作っています。
どうしたのユウ君?
成績表を見てみると、一般教養科目の英会話がBで、材料力学ⅡがCで……と、ちょっとふるわなかったみたい。
あれ?でも待って……。
ユウ君、他にDっていうのがいっぱいついてない?
他のナントか力学っていうの、みんなDだよ?
Dって、単位もらえなかったやつじゃないの?
だいじょうぶ?
単位足りる?
実はユウ君、最近勉強についていけなくなっちゃったんです。
別に勉強についていけない子は珍しくありません。
テストでちょっと点数が足りなくても、課題をしっかりやれば先生の温情から単位を貰える科目があります。
でも、それでもユウ君には単位取得ができませんでした。
大学に友達、いないので。
課題を見せてもらうことも、混雑した教室で隣に座らせてもらうことも、取り切れなかったノートを見せてもらうことも、できません。
だから、今日のお昼は――
比較的新しい4階建ての校舎、その4階のトイレに向かい、個室に入ります。
用を足すためではありません。
バッグの中からお母さんが作ってくれたお弁当を取り出して、便座に座って食べ始めます。
便所メシです。
うぅ、悲しいよ~、ユウく~ん……。
これが、ここ最近のユウ君のルーティンです。
お勉強をサボっているわけではないんです。
ただ、授業を聞いていると、先生が冒頭で話すちょっと関係なさそうな内容に油断し、ちょっとウトウトし始めたらいきなりよくわからない話になっていたり。
ギリギリ理解できるかも、と思った矢先、
「つまり、ここを面積分すれば簡単に解答が導き出せるわけで」
こんなことを言われ、固まってしまいます。
何が「つまり」なの?
面積分ってどうするの?記号ばっかりだよ?
そんな毎日を過ごしていると、段々自分が何をやっているのかわからなくなり、自分はダメな人間なんじゃないかと思ってしまい、ユウ君はすっかり自信をなくしてしまったんです。
とぼとぼと、お家に帰ります。
「ただいま……」
「おかえり~」
ぐったりして帰ってくると、お母さんがキッチンから声をかけてくれます。
すぐに、元気がないことに気づいたお母さん。
「どうかした?なにかあった?」
「……別に。だいじょうぶ……」
ユウ君はそう言うしかありません。
お母さんに心配をかけたくありません。
高校までいい成績をとって、お母さんはすごく喜んでくれました。
それなのに、勉強についていけてない、なんて言えませんでした。
「ナオね、また遅くなるみたいだから、先にご飯食べましょ」
「うん……」
お母さんとユウ君だけの、夕ご飯。
これも、最近のルーティンです。
ナオちゃん、去年高校を卒業しましたが、今は専門学校に通っています。
お父さんもお母さんも、ユウ君と同じように大学にいってもいいって思っていましたが、ナオちゃんは美容師になりたいと、専門学校に行きたいと言ったのです。
夜は毎日11時過ぎに帰ってきて、お風呂に入ったらすぐに眠って、朝は6時に起きて、すぐ学校に行きます。
お父さんからは「ちゃんと勉強してるのか」「遊び歩いているのか」なんて言われていますが、ナオちゃんは「ちゃんとやってるよ」と言ってあまりお父さんと話したがりません。
お母さんとは結構話しているみないだけどね。
多分、ナオちゃんは高校卒業と同時に髪が茶色になったので、お父さんはナオちゃんが不良になった、って内心すごく心配して、口ではちょっと厳しい感じになっちゃったんだと思うよ。
あと、ナオちゃんはお勉強があんまり得意じゃないから、そこも心配だったみたい。
「優は勉強得意なんだけどな…」
そう言って、お父さんはナオちゃんの学歴もちょっと気になっているのかな。
今はみんな大学に行っているので、それが気になっているようでした。
「ま、俺はまだマシか……」
ユウ君はベッドの上に寝ころびながら、心配されているナオちゃんのことを想いました。
「なんだかんだで、大卒が当たり前になってるし、そんな中で専門卒とか、就職難しいだろうな」
そんなことを思っていました。
「ああ、粘性流体の課題やらないと……」
ふと、明日提出の課題を思い出し、ユウ君は机に向かいます。
小学校入学時から使っている、学習机です。
これまでずっと一緒にお勉強してきた机で、ユウ君はうんうん唸りながら課題に取り組みます。
これ以上単位を落とすわけにはいかないからね。
ガンバレ、ユウ君!
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