16年目

 ユウ君の朝は早いです。


 朝5時40分に起きて、お母さんの作った朝ごはんを食べます。


 身支度を整えて、ブレザーを着て、6時30分に家を出て、42分の上り電車に乗ります。


 途中で6時58分の別路線に乗り換えて、7時48分に、やっと高校の最寄駅に。


 更に徒歩15分で、やっと高校に到着です。


 ユウ君、遠いよ〜。


 

 ユウ君が進学したのは、郊外の進学校で、私立大学の付属高校でもあります。


 比較的入るのが難しい、世間では『頭の良い』高校と認知されている学校です。


 授業は少し難しいし、同級生も勉強ができる人が多いので、置いていかれないように毎日の勉強に力を入れないといけません。


 それでも、ユウ君はなんとか結果を残します。

 一学期の中間テストは、200人中30位、すごいぞ、ユウ君!


 放課後は、まっすく家に帰ります。


 陸上部に入るのは、やめたんです。


「だって、辛いし…」


 なんで走るのやめたのかを聞かれたとき、ユウ君はそう言っていました。


「もったいない」


 お母さんは、ちょっとがっかりみたいでした。


「なんか、友達がお兄ちゃんのことカッコイイってよ」


 ユウ君、ナオちゃんの言葉にちょっとニヤけたね。

 駅伝大会の壮行会で、有名になったのかな?陸上部に入っていたお陰だね。


 ユウ君は、練習が苦しくて、でも意気地なしとか、失望されるのがイヤで、辞めるなんて言い出せなかったんです。


 でも、高校が遠いから、っていう、もっともらしい理由ができたから、堂々と長距離走を辞めることができて、ユウ君はホッとしています。


 


 そんなユウ君に、試練が訪れます。

 

「うぅ……」


 顔色が悪いよ?だいじょうぶ?


 朝の電車の中で、吊革につかまるユウ君のお腹が『ぐぎゅるるる〜』ってなりました。


 おトイレに行きたいですが、途中で電車を降りたら学校に遅刻してしまいます。

 電車の本数がないからです。


 降りるとしたら、学校の最寄駅しかありません。


 電車のドアが開きます。

 7時38分。

 まだ学校の最寄り駅の三つ前です。


 降りようか悩みます。


 悩んでいるうちに、ドアが閉まりました。


 

 次の駅に着きますが、駅舎は古くてぼろぼろの駅です。

 トイレがあるかどうかもわからないし、あってもすっごく古くて汚そう。


 ユウ君は降りるのをやめます。


 その間もお腹がぎゅるぎゅるしますが、お尻に力を入れながら、でも入れ過ぎないように慎重に耐えます。


 座れれば多少マシかもしれませんが、電車はちょっと混んでいて、座ることはできません。



 次の駅に着きました。


 ここで奇跡が起きます。


 なんと、ユウ君のお腹が少し回復しました。


 よし、ユウ君、今のうちに電車から降りておトイレ行こう?

 今ならおトイレに間に合うかも。


 でも、ユウ君は電車から降りません。


(大丈夫、あと一駅……)


 ユウ君、落ち着いたのをいいことに、どうやらあと一駅、学校の最寄り駅まで我慢するみたいです。


 だいじょうぶ、ユウ君?


 学校の遅刻よりも、漏らなさい方が大事じゃない?


 高校なら、おトイレ行ったくらいじゃ「う〇こマン」なんて言われないよ?


 でも、漏らしたら「うん〇野郎」くらいは言われちゃうかもよ?


 電車のドアが閉まりました。


 7時45分、最寄り駅に着くまであと3分あります。


「うぅ……」


 案の定、ユウ君のお腹が再びピンチです。


 だから、さっき降りておけばよかったのに。


 お腹はまたぎゅるぎゅるして、肛門を開けろと、腸内の暴徒が破城槌はじょうついを何度も叩きつけます。

 肛門括約筋かんぬきがもうもちません。


 がんばって、ユウ君!


 そこは絶対に死守して!


 しかし、試練は続きます。


 キィィィ――!!


 電車が大きく揺れて、ガタン、と止まりました。


『ただいま、停止信号を受信したため――』


 電車が、止まりました。


 7時48分、もう駅に着いてもおかしくない時刻になりましたが、電車は止まったままです。


(う、うぅぅ……)


 7時50分、まだ電車は動きません。

 駅に着いていれば、もうおトイレにいる時間なのに。


(う…、く、ぅ……)


 ユウ君、もぞもぞと動き、足を上げ、呼吸が浅くなります。


『我々を解放しろー!』


 お腹の暴動は治まりません。


『みなさん、落ち着いて!あと少し、もう少しだけお待ちを!』


 脂汗まみれの大臣が鎮めようとしますが、間に合いません。


『そう言って、何度も何度もその機会を奪ったのは誰だー!』

『そうだそうだー!』

『こじ開けろー!』


 お腹の暴動は、治まるどころか、最高潮に達してしまいます。



 そんなとき――


『お待たせいたしました。安全確認が取れましたので、間もなく発車します』


 電車が動くようです。


 やったね、ユウ君!

 もう少しの辛抱だよ?

 がんばって!


「……ふっ、」


 あれ?ねぇ、ユウ君?


 ねぇ、だいじょうぶ?


 さっきの「ふっ」ってなに?


 ちょっと、ユウ君?


 まさか……



















 後発の電車の中で、アナウンスが流れました。


『お客様にお知らせします。この列車、非常ボタンが押されたことによる安全確認と、具合の悪いお客様の救護を行った関係で、下り線に18分ほど遅れが発生しております。お急ぎのところ電車遅れまして申し訳ございません』

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