14年目

 秋の晴れやかな空のもと、事件は起きました。


 ユウ君のペンケースが、なくなってしまいました。


 さっきまで、確かに机の中にあったのに、机の下も、バッグの中も見ましたが、見つかりません。


「階段にあるんじゃねぇの」


 同級生の男子生徒が言いました。


 え?そんなところにあるわけないでしょ?

 ユウ君、今日は登校してからずっと教室にいたんだよ?


 そんなところにあるわけないと思いながら、ユウ君は階段に向かうと、階段の踊り場にペンケースが置いてありました。


 中学入学の記念にお母さんから買ってもらったペンケースなので、見間違えようがありません。


 青いペンケース、その表面に、灰色の模様のように汚れがついていました。

 まるで、誰かが踏んだ跡みたいに。


 パンパン、と払って、汚れを落とします。


「あったかー?」


 教室に戻ると、さっきの男子生徒がニヤニヤしながら言いました。


「あったけど……」


 ユウ君は小さな声で答えて、自分の席に座りました。


 周りからは「かわいそうじゃん」「にぶいから気づいてないんだろ」とか、こそこそと、いろいろなことを言われています。


「授業始めるぞ」


 次の授業のため、先生が教室に入ってきました。


「あ、」


 ユウ君、先生に何か言おうとして、やめました。


「なんだ、神在月」

「…あ、な、なんでもないです」

「ふざけてるなよ。—―今日は86ページ、昨日の演習問題の解説から――」


 いつもどおり、授業が始まりました。


 ユウ君が教科書を開けると、引いた覚えのない場所に、マジックで黒線が引かれていました。これじゃ、演習問題がわかりません。


 ユウ君、実は最近イジワルされているんです。

 ものを隠されたり、教科書やノートに落書きされたり。


 でも、先生に相談することはできませんでした。


 同じクラスには、小学校で一緒だった中井さんもいます。

 中井さんは、離れた場所からちらっとユウ君のことを見ていましたが、特に声をかけたりはしませんでした。


 なんとなく、自分がいじめられていると、クラスに、中井さんに、広めるようになってしまうことが、嫌だと思っているんです。


 きっと、ホームルームで先生が「いじめちゃだめ」とか「仲直りしなさい」とか言われるんじゃないかと、さらし者にされてしまうことが、みっともないように思えて、踏み出せないんです。


 うやむやになって、もっとひどいことをされるんじゃないかと思って、恐いんです。


 




 ユウ君、家に帰ってきました。


 あれから、今日は特に何もされなかったことにほっとして、二階の自分の部屋に入ってバッグを下ろします。


 いつまで続くんだろうと思うと、なんだか悲しくなって、自然に涙が浮かんできます。


「ユウー、ナオー、ごはんよー」


 お母さんが呼ぶので、涙を拭って、一階に降りていきます。


「ユウ、何かあった?」


 お母さん、ユウ君の様子がおかしいので、心配して声をかけました。


「……別に、なんもないよ」


 素っ気ないふうに、ユウ君は答えます。


 お母さんにも言えません。

 心配させたくないし、なによりかっこわるいと思っているので。


 お母さんに助けてもらうなんて、かっこ悪いと思っているし。


「そう……、何かあったら、お母さんに言ってね?」


「…うん」


 ぼそっと、ユウ君はテレビに夢中になっているフリをして、返事をしました。


「……」


 ナオちゃんは、そんなお兄ちゃんの姿を見ながら、黙ってごはんを食べました。






 夜、ベッドの中で、ユウ君は妄想します。


 いつも通り学校に行ったら、教室にテロリストがやってきて、占拠する。


 先生は真っ先に殺されて、蛮勇に駆られたいじめっ子は見せしめに撃ち殺される。


 女子はみんな恐がって、男子も普段は威勢のいいやつらはみんな黙り込んでいるけれど、自分は機転をきかせてテロリストのひとりをトイレに誘い出して、反撃開始。


 そこから見事な活躍でテロリスト全員を倒して、男子からはすごいと尊敬され、女子からはかっこいいと褒められる。


 中井さんは恐かった、助けてくれてありがとう、って自分に抱きついて、「無事でよかった」って、抱きしめて。


 それから、いい雰囲気になって、ベッドの上で中井さんと――


「中井さん……、はぁ、くっ……」


 こんなことを考えながら眠りにつくのが、ユウ君の日課になっていました。



 




 それからも、何日も、何十日も、ユウ君はイジワルされ続け、ずっと我慢して過ごしていきます。


 いじめになんて負けるな、ユウ君!


 がんばれ、ユウ君!

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