フロンティア家のエントランス

 フロンティア家の屋敷に広大なエントランスがある。大勢の人間が入ってもスペースが余るだろう。

 日頃なら女神の彫刻や、ギュスターブの気まぐれで大量の絵画が壁に飾られている。しかし、今のエントランスは何も置かれておらず、だだっ広いだけの殺風景な空間になっていた。

 ダリアはそんなエントランスに優雅に入り、軽く片膝を曲げる挨拶をした。

「お久しぶりですわ」

 エントランスの奥には三人の男が立っている。赤い瞳をぎらつかせる恰幅の良いギュスターブと、白銀の鎧に身を包んで槍を背負うグラン、そして水色の瞳と整った顔だちが目を惹く金髪の少年ロベールだ。

 ダリアは微笑む。

「当主自らがお出迎えなんて、光栄ですわ」

「おまえの顔は見たくなかったがな」

 ギュスターブが忌々し気に鼻を鳴らす。

「おまえの断末魔の悲鳴を聞きたくなった」

「残念ながら私はスローライフを満喫するために生き延びますわ」

「スローライフ? フロンティア家の出身でありながら、よく言えたものだ。フロンティア家のために何もせずに、遊んでいたのだな」

 ギュスターブの糾弾を、ダリアは笑って受け流す。


「禁忌で人の心を弄ぶよりは、遥かに良いですわ」


「禁忌? さぁて何の事だか」


 ギュスターブが口の端を上げる。

 カルマが舌打ちをする。

「白を切る気か」

「知らないものは知らないとしか言い様がない」

「ロベール、あんたも何も知らないのか?」

 カルマに話を振られて、ロベールは首を横に振った。

「発言を差し控えさせていただきます」

「今ので確信したぜ。知らないとは言えないんだな」

 カルマがニヤつくと、ギュスターブはロベールを睨み付ける。

「余計な事をしゃべるな。こいつらを仕留めなくてはいけなくなったぞ」

「申し訳ございません」

 ロベールは淡々と謝罪を口にした。

 ジャンは両目を潤ませた。

「君は何も悪くないのに……」

「主人の意に反する行いは一切許されません」

 ロベールは表情を変えずに答えていた。

 アムールは槍を握る手を震わせた。


「やはり禁忌の魔術を使わせていたのか……そして、罪もないのに凶暴化した人間たちを、僕たちに仕留めさせていたのか」


「無駄話はこれくらいにするぞ。グラン、あいつらを何がなんでも仕留めろ」


 ギュスターブに命令されて、グランは槍を構えた。槍のソケットに白い宝石が埋め込まれている。聖術を強化するためのものだろう。

 グランはダリアを見据えている。

「悪く思わないでほしい。君たちは首を突っ込みすぎたんだ」

「どう思うかは私たちの自由ですわ。少なくともロベールは返していただきます」

 ダリアがきっぱりと言い放つと、ギュスターブは嘲笑を隠さなかった。

「返すも何も、ロベールはおまえのものではないだろう?」

「こんな所に置いておくなんて寝覚めが悪いのです。ロベールを解放しなさい」

「ロベールはおまえを見失った大罪で王都にいられなくなった。おまえのせいだぞ!」

 ギュスターブに指をさされて、ダリアは眉を顰める。

「ロベールの所在は私にも原因があるのは分かりましたが、あなたに言われると腹が立ちますわね」

「正直すぎる人間は命を縮めるぞ」

 ギュスターブが不愉快そうに顔を歪める。

 ダリアは微笑みを返す。

「ご安心を。よほどの事が無い限り、自分の命は自分で守れますわ」

 そんなダリアの耳に、金属音が響き渡る。

 カルマの大剣と、黒ずくめの男の短剣が刃をぶつけていた。

 黒ずくめの短剣を払いのけて、カルマが鼻で笑う。

「今のは貸しにしておくぜ」

「グランが来ると思っていたので仕方ありませんわ」

 ダリアが開き直ると、カルマは呆れ顔を浮かべた。

「そんなんだから一回殺されたんじゃねぇのか?」

「に、人間誰しも過ちを犯すものですわ」

 ダリアの声は震えていた。

 その間にも、グランが槍を構えて突撃していた。

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