どうすればいい

 セラはほくそ笑んでいた。

「私とグレイで考えた作戦は成功しそうだね」

 作戦は、ごくごく単純なものだ。

 フロンティア家の屋敷の近くで騒動を起こして、フロンティア家を守護する聖騎士団を総出で戦わせるというものだ。

 相手は四人いるが、聖騎士団が簡単に倒されるとは考えづらい。

 時の魔術の使い手ダリアの体力も魔力も削られるだろう。

 体力も魔力も充分に削った後で、グレイの影の魔術で倒すという算段だ。


「グレイが倒せば後腐れないね」


 セラは一度、ダリアに負けている。実は死を覚悟したが、なぜか殺されなかった。

 ダリアがセラにとどめを刺さなかった理由が、温情なのか、何か他に目的があるのか分からない。しかしセラにとって、助けてもらった相手を殺す事にためらいはある。

至高の令嬢ハイエスト・レディーの最期だね」

 ポツリと呟いて様子を窺う。

 案の定、フロンティア家を守護する騎士たちが勢いよく馬を駆け、あるいは矢を飛ばし、あるいは水路を飛び越えてダリアたちに襲い掛かる。

 騎士たちの連携は完璧であった。

 騎士のうち二、三人をカルマとアムールが叩き伏せたが、焼け石に水だ。騎士たちの猛然とした勢いが止まるものではない。

 ジャンがしゃがむダリアの前で両手を広げるが、守る事ができるのはダリアの前方だけだ。四方からくる攻撃を防げるものではない。

 ダリアが立ち上がって魔術を放つ。


「暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」


 優雅に両手を広げているが、内心で焦っているはずだ。騎士たちと無数の矢が次々に襲い掛かってくるのだ。

 セラが冷徹な笑みを浮かべる。

「終わりだよ……!」

 セラの冷笑が固まった。

 目の前に信じられない光景が広がったからだ。

 騎士たちも矢も、完璧な連携でダリアたちを追い詰めていた。一度にすべてを止めるなど、通常では考えられない。

 しかし、騎士たちも無数の矢も、不自然に静止していた。

 ダリアは微笑む。


「暗き祈りよ我に力を、タイムリフレクト」


 騎士たちも矢も、勢いよく元の場所に戻される。騎士たちは矢にぶつかったり、馬がバランスを取れずに転んだりした。

 戸惑い、混乱し、隙だらけになった騎士たちを倒すのは、カルマやアムールにとって容易かった。

 ジャンが両目を輝かせる。


「すごいよダリア! こんなに大勢の相手を一気に倒すなんて」


「大勢の人間を一度に相手にできるのは、貴婦人の特権ですわ」


 ダリアが片手を上品に口元にあてる。

「人付き合いを大切にした結果ですわ」

「そうなんだぁ、ダリアはすごいなぁ」

 ジャンが尊敬の眼差しを浮かべている。

 セラは首を傾げた。

「魔術の強度と人間関係に、何の関係もないと思うけど……」

「神龍に乗るそこのあなた、野暮な事は言わない約束でしてよ」

 ダリアと視線が合い、セラは両目をパチクリさせた。

「そんな約束した覚えはないんだけどなぁ」

「心ある人間なら生まれた時に誰しも約束しているものですわ」

「ちょ、ちょっと何言っているか分からないな」

 セラは苦笑した。同時に思考を巡らしていた。

 自分の存在はダリアに完全にバレている。戦いを仕掛けたところこで、返り討ちにされるのが目に見えている。

 セラは溜め息を吐いた。

「参ったな……君たちを倒す作戦を何も思いつかないよ」

「それなら私から教えて差し上げますわ」

 ダリアが微笑みかける。


「私を倒すのを諦めればよろしくてよ」


「それ、作戦じゃないよね」


 セラの指摘に、ダリアは首を横に振る。

「いいえ、よく考えてごらんなさい。戦いとは刃や魔力をぶつけ合うものだけではありませんわ。相手に興味を持たせて、魅力的に思わせて、味方に引き込む駆け引きも立派な戦いです」

「そう……かな?」

 セラは両腕を組んだ。

 ダリアの話は一部だけ理解できる。戦闘は、純粋な力だけでは勝敗が決まらない場合が多い。あらかじめ情報を得たり、敵の防備を減らしておくのは鉄則だ。

 ダリアは深々と頷く。


「例えば、あなたは私に直接手を下すのにためらいがあるはずです。その理由が、私が至高の令嬢ハイエスト・レディーだからだけではないはずですわ」


 セラは両目を見開いた。

「君が私にとどめを刺さなかった理由って、まさか……」

「勘の良いあなたなら分かるはずですわ」

 ダリアの口の端が上がる。

「あなたならきっと、私の考えを理解できると信じております」

 信じる。

 この言葉に、セラは思わずうめいた。

 セラは、ダリアが禁忌中の禁忌である死に戻りを行ったのに気づいて殺そうとした。しかしダリアは、セラの目的を理解したうえで命を奪わなかった。

 ダリアは続ける。

「私は私のスローライフを全うしたいだけですの。私を攻撃しないのなら、あなたを仕留める理由はありませんわ」

 セラは震えた。

「私は君を殺そうとしたのに……」

「無意味に戦うつもりはありませんわ。とにかく私たちはギュスターブ公爵の屋敷に入ります。ギュスターブ公爵の事は管轄外でしょう? あなたは何も見なかった事にしなさい」

 ダリアが歩き出す。

 それに続くように、ジャンとカルマも歩き出す。アムールもついていく。

 そんな四人の様子を眺めながら、セラは呆然としていた。

「私はどうすればいいんだろう……?」

 そして、そんなセラを遠くから見る、黒い大鷲に乗るグレイも呆然とした。

「どうすればいいのか分からないのは、僕の方だよ」

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