ダリアの願い
死に戻り。
神龍に乗るセラがそう口にした時に、ダリアの顔面は蒼白した。
死に戻りとは、死んだ後に時を戻す魔術である。目的は、最愛の人ロベールとの関係をやり直す事だった。
ダリアが無言になるのを肯定の意味であると捉えたのか、セラが言葉を続ける。
「君がどうして死に戻りをやったかなんて野暮な質問はしないよ。でも、禁忌なのは知っているよね?」
禁忌とは、禁じられている行為の事だ。魔術の禁忌といえば、命を弄んだり世界の理を書き換えかねない行いとされている。
ダリアが放った死に戻りの魔術は、禁忌に入る。
「……どうして私が死に戻りをしたと考えたのかしら?」
ダリアは吐き出すように口にした。
セラは微笑む。
「簡単な話だよ。だっておかしいもん。禁忌の使い手も神龍の力も簡単に越えちゃうなんて。生来の魔力が高かっただけじゃ説明がつかないよ」
「私は魔術の名門であるフロンティア家の中でも優れた才能を持っていると言われていますわ」
「あくまでとぼけるつもりなのかな? でもね、禁忌の使い手も神龍も特別な存在なんだよね。しかも才能をいつも磨いているんだ」
「才能の磨き方なんてありますの?」
ダリアは純粋に疑問に思った。
自分が優れた魔術を扱えるのは、生まれ持った才能であると考えていた。
しかし、セラは無邪気に笑っていた。
「ああ、知らないんだ! 聖術も魔術も使い込むほどに強力になっていくんだよ。私もグレイも、一日に何度も使っているんだ。そんな私たちを遥かにしのぐ魔力を持つなんて、人生をやり直しているとしか考えられないよ」
ダリアは愕然とした。
単純に自分は優れた魔術を扱える才能に恵まれていたとしか考えていなかった。おそらく、ダリアが魔術に興味を持って何度も使うように、死に戻る前に周囲の人間がそれとなく仕組んだのだろう。
フロンティア家の当主であるギュスターブなら簡単に思いつく事だろう。
「そんな事で死に戻りがバレるなんて……」
ダリアはうつむいて、自嘲気味に笑った。
ジャンの両目が潤んでいる。カルマもアムールも、呆然としている。彼らはこれまで禁忌を扱っているのはグレイだけだと思っていたのだ。自分たちの仲間に禁忌を扱う人間がいるなど、全く考えていなかったのだろう。
それは彼らがダリアを信頼していたからだ。ダリアが強力な魔力を持っていると理解していながら、禁忌を扱うはずがないと自然に考えていたのだ。
ダリアは、そんな彼らを裏切ったのだ。
「禁忌を扱えば、エクストリーム王国で極刑となりますわ」
ダリアは顔を上げて、両手を広げた。
「こんな私に付き合っても、危険に巻き込まれるだけで良い事などありませんわ。神龍の動きを止めてあげますので、速やかに逃げなさい」
ダリアが言い放つと、強い風が吹いた。その場にいる全員の髪をなぶる。
ダリアは両目を閉じた。
「十秒間数えます。この場を離れなさい。十、九、八……」
今まで付き合ってくれたみんながどんな表情をしているのか。悲しみに満ちているのだろうか。怒りや憎しみを沸き立たせているのか。
殴られてもおかしくない。痛いのは嫌だが、抵抗する心づもりがない。
カウントダウンはどんどん進む。
「三、二、一……」
きっと誰もいないだろう。みんなの表情を見て、辛いと感じる必要はなくなるだろう。
ダリアは溜め息を吐いて、ゆっくりと目を開ける。
「さあ、一騎討ちですわ……!?」
神龍と一騎打ちをするつもりでいた。もう仲間などいないのだから。
そう思っていた。
しかし、ジャンもカルマもアムールも、変わらずに立っていた。
ジャンが両目を潤ませながら微笑む。
「ダリア、エクストリーム王国に戻らない理由をやっと話してくれたね」
「え……?」
ダリアは、ジャンの言葉の意味が分からなかった。
ジャンは言葉を続ける。
「死に戻りなんて禁忌を犯したから、エクストリーム王国に戻れないんだね」
「ああ、そう解釈しましたの……私がエクストリーム王国に戻らないのは、スローライフを満喫するためですわ」
正直な気持ちを話した。
死に戻ってトッカータ村付近で目が覚めた時に、スローライフを満喫したいと思ったのだ。そのために役人を追い払ったり、魔物を元の動物に戻すのを手伝ったり、禁忌の使い手を追ったりした。
すべては自分のためである。
「こんな事を自分から申し上げたくありませんが……私は浅ましい人間ですわ」
「そんな事を言わないで。僕はダリアから大切にされて嬉しかったんだから。浅ましい人間に大切にされていたなんて、言いたくないよ。ダリアは胸を張っていい。立派なんだから」
ジャンはそう言って、ダリアを抱きしめる。
「僕が不安で仕方ない時に、こうやって温めてくれたよね。本当に嬉しかったんだ」
ダリアは何も言えなかった。
ジャンは優しく微笑む。
「死に戻るのは、きっと辛い事があったからだよね。死んじゃうくらい痛い想いをしたんだよね。僕だったらきっと耐えられなかったと思う。胸を張って。ダリアは綺麗で立派な女性だよ」
ダリアの胸の内が温まる。
カルマは豪快に笑っていた。
「俺が仲間を簡単に見捨てるクソ野郎だと思ったら、大間違いだからな!」
いつもなら皮肉を込めて言い返すだろう。
しかし、今のダリアはジャンの胸の中で涙をこらえるのが精いっぱいだ。
そんなダリアを見て、アムールは槍を握る手を強めた。
「僕はまだあなたに恩返しができていない。機会があればいつでも言ってほしい」
ダリアは頷いた。
「そう……ですわね」
嗚咽が漏れる。なかなか言葉が紡げない。
しかし、仲間は待ってくれる。
ダリアは深い溜め息を吐いた。
ようやく言える。顔をあげて、優雅な口調で。
「私の命、そして私のスローライフを守ってくださるかしら?」
ジャンもカルマもアムールも、とびっきりの笑顔を浮かべていた。
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