怖い人

 空には、ダリアの呪縛に掛かって身動きの取れない黒い大鷲と、大鷲の周りを円を描くように飛ぶ神龍がいる。

 黒い大鷲に寝転がるグレイは、全身をワナワナさせた。


「セラ、勝手な宣言はやめてくれる?」


「言わないと伝わらないでしょ? 君は私のものだ!」


 神龍に乗るセラが、両手を頬に付けて悩まし気に俯く。

「こんなセリフ、何度も言わせないでほしいな」

「言ってほしいなんて一度も頼んでないよ」

 グレイは呆れ顔になっていた。

 そんなグレイに対して、セラは微笑みかける。

「大丈夫! 私は頼まれなくてもやる主義だから」

「余計な事をしないでよ、本気で迷惑だ」

 グレイの声が低くなる。怒りに満ちた雰囲気をまとっている。

 セラは両目を輝かせた。


「おお、やる気? 喧嘩は久しぶりだからワクワクするよ! 時を操る魔術の使い手と一緒にコテンパンにしてあげる」


「私の事はお構いなく。グレイをかけて争うつもりなんて全くありませんわ。グレイはどうぞお持ち帰りください」


 ダリアが地上から声を掛けると、セラは両手をパンと合わせて歓声をあげた。

「本当!? グレイは禁忌の使い手君の事だよね。遠慮なくいただくね!」

「ダリア、勝手な事を言わないでよ! 君たちに掛けた禁忌の魔術をより深刻なものにするよ!?」

 グレイがわめくと、ダリアはアッと間の抜けた声を発した。

「そういえば、ジャンとアムールは大丈夫かしら?」

「僕はまだなんとか……でも、アムールが危ないかも」

 ジャンが息も絶え絶えに答える。

「禁忌の魔術がより深刻になったら、僕も自分を保てないかもしれない」

 ジャンの言う通り、アムールの雰囲気が暗く危ういものになっていた。槍を握ったまま、殺すいやダメだでも殺す、などと意味不明な言葉をブツブツと呟いている。

 ジャンも口に出さないだけで、似たような気持ちなのかもしれない。

 二人とも強力な理性で暴れたい心を押さえているが、いつ押さえが外れてもおかしくない。

 カルマが舌打ちをする。

「二人の事を忘れていただろ?」

「そ、そんな事はありませんわ。この私が大切な仲間の事を忘れるなんて」

 ダリアの声はどもっていた。本心を言っていないのが明白だ。

 ジャンが笑いを浮かべる。

「やっぱり、ダリアは面白いなぁ」

「もうあんたらの感覚についていく気はしねぇ。突っ込まねぇぞ」

 カルマが呆れ顔になると、ジャンは無邪気に笑った。

「カルマも面白いね」

「どこが!? 俺が笑いを取れる要素なんてどこにもねぇよな!?」

「狙っていないのに面白いのは最高だよ」

「褒めているつもりだが、めちゃくちゃ無礼だからな!?」

 ジャンが笑い、カルマが騒ぐ。

 一方で、グレイは口元を引くつかせた。

「……禁忌の魔術をより凶悪なものにしようかな」

 禁忌の魔術がより凶悪になれば、ジャンもアムールも精神が壊れるかもしれない。

 ダリアは慌てて両手でバツを作る。

「お待ちなさい! それはお互いに良くないですわ」

「僕はよく我慢したよ。セラから逃げられないし、もう暴走してもいいよね?」

「落ち着きなさい! 私の魔術を解除しますので、禁忌の魔術を止めなさい!」

 現在、グレイの乗る大鷲はダリアの魔術に掛かって動けないでいる。ダリアが魔術を消せば、大鷲は動けるようになるだろう。

 しかし、グレイは納得しない。


「すぐに神龍に追いつかれるから、そっちも何とかして」


「分かりましたわ。さっさと逃げなさい。暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」


 ダリアは神龍に魔術をかけて、大鷲にかけた呪縛を解いた。

 大鷲の周りを飛び回っていた神龍の動きが、急に止まる。同時に、黒い大鷲は脱兎のごとく見る間に遠くなっていく。

 セラは不満そうに唇を尖らせた。


「もう、いい所だったのに。至高の令嬢ハイエスト・レディーは意地悪だね」


 至高の令嬢ハイエスト・レディーとは、エクストリーム王国の王太子フランソワの婚約者であるダリアの二つ名だ。

 グレイを乗せた黒い大鷲があっと言う間に見えなくなる。

 ジャンもアムールも、普段通りの温和な雰囲気に戻った。禁忌の使い手が遠のいた事で、魔術の影響が薄くなったようだ。

「ダリア、ありがとう!」

「あなたには、また世話になった」

 二人とも安堵しているようだ。

 しかし、カルマの表情は険しい。

「グレイは逃がしたし、もっと厄介な奴が残ったぜ」

 カルマはセラを睨みつけていた。

 セラは口の端を上げる。

「そんなに怖い顔をしないでよ。すぐ傍にもっと怖い人がいるでしょ?」

「……もしかして至高の令嬢ハイエスト・レディーの事か?」

「そのとおり!」

 カルマが疑問を含みながら答えると、セラは親指を立てた。

「不思議だったんだよね。至高の令嬢ハイエスト・レディーは、禁忌の使い手や神龍の力を越えているみたい。ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど……」


 セラは一呼吸おいて、酷薄な笑みを浮かべた。


「もしかして、死に戻りをやったんじゃないの?」

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