いったいどうして
フロンティア家に向かって歩いていたダリアたちに、異変が起きた。
全員の身体がワナワナと震え出している。先頭を歩いていたアムールは、槍を握っている手を、反対の手で必死で押さえていた。
「いったい何が起きたのか……」
ジャンも怖気を感じて、自らの両肩を抱きしめていた。
「禁忌の魔術が使われたんだ。無性に近くにいる人を殺したくなるんだ」
「禁忌の使い手を早く止めなくてはいけませんわね」
ダリアは空を見上げた。見上げた先には、翼をばたつかせる黒い大鷲がいる。禁忌の使い手であるグレイの使い魔である。ダリアの魔術に掛かり、身動きが取れないのである。
一方で、グレイまで止める事はできていないようだ。
「あの鳥を本気で燃やすしかないのかもしれませんわね」
「俺はやらねぇぜ!?」
カルマは両手で何度もバツを作る。
ダリアは黒い大鷲を見つめたまま、溜め息を吐く。
「カルマ、私たちの運命をあなたに委ねますわ。あの鳥を燃やして私たちを救うか、私たちを救うためにあの鳥を燃やすか」
「一択しか与えてねぇよな!? 本当に俺に委ねる気はあるのか!?」
「では、本気で尋ねますわ。あなたはどうするべきだと考えているのかしら?」
ダリアが真剣な眼差しで、カルマを見る。
カルマはうめいて、赤髪をかく。
「……グレイが禁忌の魔術をやめるのが一番なんだけどよ」
「やめさせる方法が思いつかないという事ですわね。では、今晩は焼き鳥パーティーをしましょう」
「食うのか!? おい、本気で言っているのかハッキリしろよ!」
カルマが憤慨すると、ダリアは優雅に微笑んだ。
「私はいつでも正直に生きておりますわ」
「究極の噓つきの発言だぜ……?」
憤慨していたカルマの表情が変わった。
遠くの空を見上げて、苦悶に満ちた表情を浮かべ、冷や汗を垂らしている。
ダリアは首を傾げた。
「どうかしましたの?」
「……もっとヤバいのが来たぜ」
耳を澄ませると、大きな羽音が聞こえる。冷たい風が巻き起こり、陽の光はいつのまにか陰っていた。
ダリアも、カルマが見る方向に視線を向ける。
巨大な翼を雄大に羽ばたかせて、急速に迫ってきている。白銀に輝く角を頭から二つ生やし、太い首と巨大な胴体につながる。胴体より下は長く巨大なしっぽを生やしている。全身は白い鱗で覆われ、二本の足から鋭いかぎ爪を伸ばしている。
それが純白の龍であると認識するまでに、時間を要しなかった。
ダリアは感嘆の溜め息を吐いた。
「純白の龍なんて、神龍しか知りませんけど……どうしてそんなのがこっちに来るのかしら?」
神龍とは、文字通り神の龍とされる。人間には及びつかないような知恵と力を持っている。
伝説の生き物と謳う人間もいる。
存在の有無さえ疑う人間もいる。
カルマは両手を震わせながら、大剣を抜き放った。
「標的がいるからだろうよ。神龍を操れる人間なんて、俺は一人しか知らねぇぜ」
カルマは大粒の唾を呑み込んだ。
神龍が羽音を響かせながら、近づいてくる。
ダリアは額に汗をにじませた。
「もったいぶらずに早く教えてくださる?」
「ヤッホー、聖騎士団飛行部隊の隊長のセラだよ! よろしくね!」
神龍の背中から、元気よく両手を振る華奢な人影があった。
茶髪を三つ編みにまとめていた。クリッとした愛らしい瞳でダリアたちを見つめていた。
「禁忌の使い手君がお世話になっているのかな?」
「……お世話になってないし、その呼び方はやめて」
グレイがうんざりした表情で答えた。
「よりにもよって君が追いかけて来るなんて。僕の事を放っておいてよ」
「そうもいかないよ、私は君のような危うい子を放っておけないんだ!」
セラが自分の胸をドンと叩く。
「危なくなったらお兄さんに頼るんだよ!」
「嫌だよ、帰ってよ」
グレイは黒い大鷲にすがるように、うつぶせになった。
カルマは呆けていた。
「グレイの奴、いつの間にか彼女ができていたのか?」
「お兄さんと言っていましたけど、性別なんてどうでもいいですわね」
ダリアは自分の言葉にしんみりと頷いた。
ジャンは自らの両肩を抱きかかえたまま、笑みを浮かべた。
「人間は心が通えばいいと思うよ。ついでに、禁忌の魔術を止めてくれないかなぁ」
「……あいにく、そこまでのお人よしではなさそうですわ」
ダリアはセラをじっと観察する。
グレイの乗る黒い大鷲の周りを飛んで、明るく声を掛けているが、禁忌の魔術を止めるための言葉は無い。グレイをからかって遊んでいるようだが、ダリアたちに常に視線を向けている。
監視しているかのようだった。
セラが口の端を上げる。
「もしかして、君が時を操る魔術の使い手かな?」
ダリアの身体がこわばる。
神龍を操るセラがただ者のはずはない。
しかし、気後れするのは癪である。
「あら、私の事をどこで?」
「君の事は噂になっているからね。本来ならタメ口なんて利いちゃいけないのかもしれないけど、あえて言わせてもらうよ」
セラはダリアを勢いよく指さした。
「禁忌の使い手君は、私のものなんだからね!」
その言葉を耳にした時に、ダリアは両目を見開いた。
「この人何をおっしゃるの?」
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