フロンティア家に続く道中

 フロンティア家へ向かうなだらかな道を、ダリアたちは朗らかな雰囲気で歩いていた。道端に生える草花は活き活きとしているし、花に戯れる蝶々は可愛らしい。

 聖騎士団のアムールが道案内をしてくれる事もあり、安心して歩いていける。

 ダリアとジャンは微笑みが絶えない。

「美しく整えられた花々も良いのですけど、自然に咲く草花も良いですわ」

「一生懸命に生きているものはそれだけで美しいからね。気候もいいし、絶好の散策日和だと思う」

 ダリアとジャンの会話を聞きながら、先頭を歩くアムールは笑っていた。

「そうだね。それくらい気楽でいた方がいいね」

 そう言いながら、アムールは片手に槍を握っていた。

 ジャンが口元を引くつかせる。

「笑いながら槍を握る人って、ちょっと怖いな」

「護衛として働く時の癖でね。嫌なら引っ込めるけど、何かあった時の初動は遅れるよ」

「そ、そうなんだ」

 ジャンは曖昧に頷いた。

 ダリアはクスクス笑う。

「私たちを刺さないのなら構いませんわ」

「そうだね、その言葉が冗談になるといいね。禁忌の使い手が相手だけど」

 アムールは複雑な笑みを浮かべた。

 禁忌の魔術に掛かれば、問答無用で近くにいる人間を殺したくなる。

 ジャンは身震いした。


「やっぱり槍を引っ込めてもらおうかな」


「安心しろよ! いざって時には俺が止めてやるぜ!」


 カルマがジャンの背中を、バシッと音が鳴るほど勢いよく叩いた。

 ジャンは前のめりになりながら、勢い余って数歩前へ出る。転ばずにすんだのは、ジャンのバランス感覚が優れていたからだろう。

 ダリアは呆れ顔になる。

「ジャンをいじめないでくださる?」

「どう見てもいじめてねぇよな!?」

「本気で自覚がありませんの? ジャンが転びそうになった事を誠心誠意お詫びしてくださる?」

「なんであんたに責められるんだ!?」

 カルマの声は裏返っていた。

 ジャンは手を叩いて大笑いをした。

「相変わらずダリアは面白いなぁ」

「俺に文句を言っているだけだぜ!?」

 カルマは両目を丸くしていた。

 他愛のない会話をしながら、和やかな雰囲気は続いた。

 しかし、道を進んでるとアムールの表情が変わった。緊張感を帯びている。

「……何者かが空を飛んでいます」

 静かに言っていた。

 カルマは空を指さした。指さした先に、黒い大鷲が飛んでいる。


「グレイの使い魔で間違いねぇぜ。おーい、グレイ! 返事しろ!」


 カルマが両手を振って大声を出すが、返事はない。黒い大鷲はそのまま通り過ぎようとしているようだ。

 アムールは額に汗をにじませた。

「このままでは、またどこかで禁忌の魔術の犠牲者が生まれてしまう……!」

 しかしアムールにとって、大空を飛んでいる相手はどうしようもない。

 ダリアは溜め息を吐いた。


「人の呼びかけを無視するなんて、良くありませんわ。暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」


 黒い大鷲の動きが止まった。翼をばたつかせるが、前へ進めない。

 ジャンが両腕を組んでうめく。

「地上に引っ張るべきなんだろうけど、僕にそんな力はないんだよなぁ……」

「安心なさい。秘策ならありますわ」

 ダリアが優雅に微笑む。

「カルマ、大鷲の翼を燃やしなさい」

「やらねぇよ! グレイは真っ逆さまに落ちるだろうし、残酷すぎるだろ!」

「落ちる速度を遅くする魔術なら使えますわ、たぶん」

「たぶんじゃダメだ、絶対にダメだ!」

 カルマは両手でバツを作った。

 ダリアは悩まし気に小首を傾げる。

「他に方法はあるのかしら?」

「ちょっと待て、すぐに考える! えっと……その、だな……」

 カルマは黒い大鷲を見つめながら、両腕を組んでいた。



 黒い大鷲の上に寝転がりながら、グレイは全身をワナワナさせた。

「……どいつもこいつも、僕に平穏を与えないつもりだね」

 怨念のこもった口調であった。

 フロンティア家では散々な目に遭った。時を止める魔術の使い手を倒す方法を相談しに行ったところ、ギュスターブの怒りを買い、独房に閉じ込められた。

 やり場のない怒りが沸々と胸の内を満たす。

「心地よい昼寝は僕の必須アイテムだ。そのためなら死人が出ても仕方ないよね」

 グレイは一人で納得して、呪文を唱える。


「暗き祈りよ我に力を、マインド・コントロール」


 地上の状況は分からないし、知る気もない。

 とにかく住処に帰って、寝たかった。

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