グレイの左目
フードを絶対に外さない。
こんな言葉をグレイから聞いた時に、セラは舌なめずりをした。
「絶対ないと言われると、絶対に崩したくなるんだよね。そのフードに秘密があるんだね」
「いや、まあ……」
グレイは曖昧に返事をして、ベッドから降りて後ずさりをした。
「とにかく僕はフードを外したくない。察してよ」
「うーん、君の目を見たいんだよな。年下をいじめる趣味はないけど、私の聖術を受けてもらいたいんだよね」
「聖術は僕にとって毒だ」
「そんな事ないよ! 絶対に痛くないから」
セラはグレイにぐいぐい迫る。迫られるほどに、グレイは離れる。
しかし、部屋は無限に広がっているわけではない。
グレイの背中が壁についた。思わず舌打ちが出る。
セラの背後には、苛立ちを露にするギュスターブと、槍を構えるグランがいる。運よくセラをかいくぐっても、グレイに未来は無い。
グレイは両手をフードに掛ける。
「……一瞬だけだよ。一瞬しかフードを外す事はできないから、その間に聖術を掛ける事ができなかったら諦めて」
「いいよ、私の聖術は早くて痛くない事で有名だから」
セラが微笑む。
グレイは震える手でフードを一気に外した。
常人であれば目を疑うようなものが露になる。灰色の髪は色白の肌によく合い、切れ長の瞳は整った顔立ちにふさわしい形をしている。しかし、問題なのは目であった。
左目が真っ黒なのだ。
瞳孔が開ききっているという言葉もふさわしくない。常人であれば白目であるはずの部分まで、真っ黒なのだ。
まるで黒い宝石を埋め込まれたいるかのようだ。
それを見た人間は思わず凝視して、意識を奪われる所だろう。
ギュスターブとグランも両目を見開いていた。
しかし、セラは微笑んで聖術を唱えていた。
「聖なる祈りよ我に力を、リモート・シェア」
セラの聖術は早かった。
セラとグレイの顔の間に、光の球が浮かんだかと思えば、一瞬だけ眩しく輝いて、消えた。
グレイはさっさとフードを戻す。
「……すごく眩しかったよ」
グレイは声を震わせて、フードの上から両目を押さえた。
「僕の目はただでさえ光に弱いんだから、やめてよ」
「ごめんごめん、もう終わったから大丈夫だよ」
セラは笑いながら謝っていた。
「君の目は興味深いね。魔宝石ダーク・ダイヤだよね」
「魔宝石ダーク・ダイヤの欠片だよ。生まれながらなのか埋め込まれたのか分からないけど……僕が禁忌の魔術を扱えるのはこのおかげだと言われた事はある」
グレイの言葉を聞いて、ギュスターブが口の端を上げる。
「おまえの目から魔宝石を取り出せば、誰でも禁忌の魔術を扱えるようになるのか?」
「無理だと思うよ。この魔宝石ダーク・ダイヤは、僕の魔力と癒着している。僕から外したらただの石ころになるだけだ」
グレイはフードから手を放して溜め息を吐く。
「やりたい事は終わったよね。僕を解放してくれるかな?」
本音を言うと、グレイはかなり疲れている。しかし、ギュスターブやグランの監視下でぐっすりと寝る事はできない。どこか別の場所に行って休みたいと考えた。
ギュスターブが心底くだらないものを見る目になった。
「今のところおまえは役立たずだ。好きにするがいい」
グレイのプライドは傷ついたが、反論を避けた。下手に口ごたえをして監禁される口実を与えたくなかった。
「それじゃあお別れだね」
グレイは独房から歩き去った。
グレイの姿が見えなくなったのを確認して、グランがギュスターブに声を掛ける。
「本当に外に出してよろしかったのですか? また無断で禁忌の魔術を使うと思います」
「構わぬ。周囲が儂との関わりを疑わぬのなら、儂が害を被る事はない。人体実験もあいつの独断であったとしよう」
ギュスターブが含み笑いを浮かべた。
セラは両目を丸くした。
「隠すほどの事なのですか?」
「禁忌の魔術は王国に処刑対象として処罰される。まだ公にするわけにはいかぬ」
ギュスターブがセラを睨む。
「勝手に口にする事があれば、おまえの命はないと思え」
「はーい、私は何もしゃべりません。あ、そうそう! ねぇグラン様、ちょっとお願いがあるのですが聞いてくれますか?」
セラが両手を合わせて上目遣いを向ける。
グランは苦笑した。
「君が男性なのが本当に不思議だ」
「まあまあそんな事を言わずに! 私、禁忌の使い手の事が好きになっちゃいました。後を追いたいです!」
セラが両頬を赤らめた。
グランは乾いた笑いを浮かべた。
「他に重大な任務があれば、出動してくれるかな?」
「もちろんです! そのための聖騎士団飛行部隊なのですから。たとえ火の中水の中、どんな場所もひとっとびです!」
セラが両目を輝かせた。
「それでは禁忌の使い手を追います、また~」
セラは片手を振りながら走り去った。
グランは片手を振って応じたが、ギュスターブはこめかみに四つ角を浮かべた。
「……もう少し儂の部下にふさわしい振る舞いをしてほしいものだ」
「まあ、彼なりに僕たちに合わせているつもりなのでしょう」
グランは苦笑して答えるのが精一杯であった。
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