フロンティア家へ
新たな手
フロンティア家の独房に、禁忌の使い手グレイは閉じ込められている。
フロンティア家の当主であるギュスターブと、その側近である聖騎士グランに監視されている。
グレイはベッドに腰かけながら、疲れきった顔を浮かべた。
「そんなに見つめないでくれる?」
「フードを目深にかぶっているのに、視線が分かるの?」
グランの問いかけに、グレイは舌打ちをする。
「分かるよ。肌で感じるんだ」
「なるほど。ところで君の魔術は成功したのかな?」
グランに朗らかな笑みを返されて、グレイは溜め息を吐く。
「僕の使い魔が外に出て行ったんだ。魔術は成功しているよ」
「察しが悪いな」
ギュスターブが厳かに口を開いた。
「禁忌の魔術を永続させる実験の進捗について聞いている。それすら分からないのか」
分かるわけないだろう、という言葉をグレイは飲み込んだ。ギュスターブに逆らうと、グランの攻撃対象になる。確実に死ぬ。
当たり障りのない言葉を選ぶ。
「禁忌の魔術なら、もう実用段階だよ。ロベールを除けばみんな操る事ができるから。一度禁忌の魔術を掛けておけば、どんなに離れた場所にいる人間でも、使い魔がいれば操れるよ」
「使い魔が倒されたらどうなる?」
ギュスターブの問い、グレイは言い淀む。
「それは……まあ、その」
「ハッキリと言え」
ギュスターブの威圧感が増す。
グレイは大粒の唾を呑み込んだ。額に汗がにじみ、背筋が寒くなる。
正直に言えば、何をされるか分からないと思ったのだ。怯えは全身に出ていた。
グランが槍に手を掛けている。答えなければ用済みとして殺されるだろう。時間稼ぎはできない。
グレイは諦めて口を開く。
「使い魔が倒されたら、禁忌の魔術は解かれるよ」
「つまり、使い魔の強化も課題となるのだな」
ギュスターブの眼光が鋭くなる。
使い魔をもっと強くしろという事だろう。
グレイは視線をそらす。
「……僕の扱える最強の使い魔は、屋敷の外で待っている黒い大鷲だよ」
「魔術の使い手と互角以上に戦えるのか?」
「無理だよ。移動に専念させているから」
グレイの返答に、ギュスターブは露骨に溜め息を吐く。
「使えない」
「ギュスターブ公爵、僕からよろしいでしょうか?」
グランが口を挟んだ。
「セラと連絡を取った所、提案したい事があると言われました」
「……飛行部隊のあいつか。まあ、儂に直接話に来ないから良いとしよう」
ギュスターブの表情が曇る。セラという人物が苦手だと察せられる。
グランは恭しく一礼して話し始める。
「グレイの使い魔を強化するのではなく、見つかりづらくするのはどうでしょう? 例えばノミのように小さくしたり、景色に溶け込ませるなど」
「それなら簡単にできると思う!」
グレイは水を得た魚のように、勢いよく言葉を発した。
「使い魔が自由に移動するのために羽のあるものを召喚して、なんらかの影に溶け込ませればいいと思う。使い魔を強化するよりも確実だよ」
「儂の考えた方法が不確実だというのか?」
ギュスターブに睨まれるが、グレイは頷く。今までのような怯えた表情ではない。
「セラという人の提案と比べたらね」
「……あいつめ、妙に聡いな」
ギュスターブが右の拳をワナワナと震わせる。セラという人物に逆らえないようだ。
グレイの態度も強気になる。
「もっと確実な方法があるんだよね」
「なんだ?」
「僕を解放する事だよ。そうすれば使い魔なんて召喚せずに、禁忌の魔術を掛けに行ける」
「おまえを解放したら逃げるだろう。いや、待てよ」
ギュスターブが残忍な笑みを浮かべる。
「やりようはあるな。新たな手を打とう。グラン、セラを呼べ」
「はーい! ここにいまーす!」
場違いに明るく甲高い声がしたかと思うと、茶髪を三つ編みにまとめた華奢な人間が、片手を振りながら独房にずかずかと入ってきた。
白銀の胸当や小手など、グランに比べて簡素な装備だ。
「聖騎士団飛行部隊隊長セラ、絶対に呼ばれると思って待機しておりました!」
「……儂が呼ばないと言えば、どうするつもりだった?」
ギュスターブが睨む。
セラはクリッとした目を輝かせて、満面の笑みを浮かべた。
「泣いて帰ってグラン様に愚痴りました!」
「おまえが泣いて帰るだけで済ますはずはないが……まあ良い。話を進める」
ギュスターブは咳払いをした。
「禁忌の使い手に例の術を」
「分かりました! まずは自己紹介からだね。私はセラ! 聖騎士団飛行部隊の隊長をしているよ」
セラはグレイの前で立ち止まり、ウィンクをする。
グレイは呆れ顔になった。
「さっき聞いたよ」
「大事な事だから二度言ったの! お兄さんに恥ずかしい想いをさせないで!」
「お兄さんって……君は男なのか?」
グレイが尋ねると、セラは両手を頬に当てて首を何度も横に振った。
「やだ、私は立派な男だよ! なんでみんな間違えるのかな」
「いや、だって……どう見てもね」
「何を見たのかな!? やらし~」
セラがグレイに妖しい視線を送る。
「まあ私は性別で人間を差別しないけどね」
「セラ、早く例の術を。ギュスターブ公爵がお怒りだ」
グランがたしなめた。
ギュスターブは鋭い眼光を浮かべて、口元を引くつかせていた。
セラはポンッと両手を叩いた。
「そうだったそうだった、任務の途中だったね。じゃあ早速、フードを外そうか」
「……僕に何をするつもりなの?」
グレイは意識せずに身を引く。
身を引かれた分、セラが迫る。
「ちょっとしたおまじないだよ。痛くないから心配しないで」
「このフードは外さないよ。絶対に」
グレイの口調は固い決意に満ちていた。
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