連携するしかない

 ジャンは空を指さした。

「見て! 黒い小鳥がいるよ!」

 ダリアとカルマが上空を見る。

 グレイの使い魔である黒い小鳥が、遥か上空を大きな円を描くように飛んでいた。


「あの鳥のせいで、禁忌の魔術が永続されるのですわね」


 ダリアが呟いて、ジャンをそっと放した。

 黒い小鳥がいるせいで、グレイが放つ禁忌の魔術が消えない。そのため、茶髪の少女の母親が何度も凶暴化したり、ジャンが意味もなく人を殺したい気持ちになったりする。

 ダリアは黒い小鳥を睨みつけた。

「ジャンの気持ちが穏やかになるのは、私のスローライフに必須なのです。邪魔はさせませんわ。暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」

 黒い小鳥は、ダリアの魔術に掛かってその場で動きを止めた。羽をばたつかせているが、進めない。

 ダリアは勝ち誇った笑みを浮かべた。


「ジャンに手出しをさせませんわ。さあカルマ、やりなさい!」


「言われなくてもそうするぜ。暗き祈りよ我に力を、ファイアーアロー」


 カルマが大剣を振り上げると、大剣の軌跡上から炎の矢が生まれて、上空へ放たれる。目標は、もちろん黒い小鳥だ。

 ジャンの両目が輝いた。


「二人の連携はすごいなぁ……あれ?」


 ジャンが間の抜けた声を発した。髪飾りの店番をしていた茶髪の少女も首を傾げた。

 黒い小鳥を目掛けて放たれたはずの炎の矢が、徐々に勢いを失う。そして、上空で白い煙となって消えてしまった。

 カルマは深々と頷く。


「きっと上空が湿っぽいんだ。仕方ねぇな」


「仕方なくないですわ。火力が足りないだけでしょう。もっと頑張りなさい」


 ダリアのジト目と、茶髪の少女の潤んだ瞳に、カルマはひるまない。

「頑張ってもどうしようもないぜ。世の中は諦めが肝心だ」

「あなたは罪のない母子を見捨てるのおっしゃるの?」

 ダリアが両目を吊り上げる。

「きっと何かできるはずですわ」

「何かってなんだよ」

 カルマは上空を見上げながら溜め息を吐く。

「俺だって好きで諦めたいわけじゃねぇんだ。けどよ、無理なもんは無理だと言わせてもらうぜ」

「あなたの炎が届けば、あの鳥を燃やせるのです。あなたが近くまで飛びなさい」

「要求のエスカレートが半端ないな!?」

 ダリアの無茶ぶりに、カルマの声が裏返った。

 ジャンが両腕を組んでブツブツと呟く。

「炎が届く、飛ぶ……飛ぶ……!」

 ジャンが黒い小鳥を指さした。

「あの鳥まで、炎が飛べばいいんだ!」

「そりゃそうだが!?」

 カルマは両目を見開いた。

 ダリアが頷く。

「そうですわね。具体的にどうしましょう?」

「たぶん、二人が連携するしかないと思う。うまくいくか分からないけど……」

「うまくいくかは、実践してから判断しましょう。教えてくださる?」

 ダリアが微笑むと、ジャンは意を決したように頷いた。

「ダリアもカルマも、すごく負担になるけど……まずはダリアが黒い小鳥に続く大気の周囲の動きを止めてほしいんだ」

「黒い小鳥に続く大気の動きではなく?」

「大気の動きを止めると、たぶん炎も巻き込まれて動きを止めてしまうから」

 ジャンは真剣な眼差しを浮かべる。


「さっき炎の矢が消えてしまったのは、湿った空気に触れ続けた結果だとしたら、湿った空気の動きを止めればいいと思うんだ。そうすれば、炎が湿った空気に触れ続けるのは防がれるはず。きっと黒い小鳥に届くと思う」


「すげぇな、よく考えたな!」


 カルマはジャンの背中を、バンッと音が鳴るほど強く叩いた。

 ジャンは転びそうになったが、右足を前に出して踏ん張った。

「痛いけど、褒められて嬉しいよ」

「おし、やろうぜ! ダリア、頼むぜ!」

 カルマを上空に向けて大剣を構える。

 ダリアは口の端を上げた。


「ジャンのアイディアはさすがですわ。カルマに命令されるのは癪ですけど。暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」


「余計な事は言わなくていいぜ!? 暗き祈りよ我に力を、ファイアーボール」


 ダリアもカルマも、不平を言いつつ魔術を放っていた。

 黒い小鳥に続く大気の周辺が動きを止める。周囲の風はなくなった。

 火炎球が大気を燃やし尽くしながら、黒い小鳥に向かう。勢いは炎の矢の比ではない。

 カルマが咆哮をあげる。

「いっけー!」

 カルマの闘志を受け継ぐように、火炎球は勢いよく上空へ飛んでいく。

 しかし、ダリアはうなっていた。


「……少しずつですが、炎の球の勢いはそがれていますわね」


 湿った空気の動きを止めて、火炎球が湿るのは最小限に食い止めている。

 しかし、全く湿らないわけではないのだろう。

 ダリアは額に汗をにじませた。

「このままでは、炎の玉は黒い小鳥に届きませんわ」

「そんな……」

 茶髪の少女の顔が青ざめた。

 ジャンが自らの銀髪をかきむしる。


「髪飾りのお店の女の子も、女の子のお母さんも見捨てたくないよ。炎の玉がスピードアップすればいいのに」


「スピードアップ! その言葉を使わせてもらいますわ!」


 ダリアは新たな呪文を唱える。

「暗き祈りよ我に力を、スピードアップ」

 ダリアの魔術は時を操る。物の動きを速める事もできるだろう。

 火炎球の上空へ向かう速度が急上昇する。地上でカルマが放った時ほどの勢いはないが、黒い小鳥を燃やすには充分だった。

 黒い小鳥が燃やし尽くされたのを確認して、ジャンは頷いた。


「僕も頑張るよ! 聖なる祈りよ我に力を、ステータス・リカバリー」


 聖術を放った。

 茶髪の少女の母親は、疲れ切った表情であったが、穏やかに微笑んだ。今度こそ元に戻ったのだ。

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