貴重な情報

 深紫色の髪の少女ダリアは周囲を見渡した。

「早くグレイを倒したいのですが、相変わらず隠れるのが上手ですわね」

 周囲はなだらかな平地しかない。隠れる場所などないはずだ。

 しかしダリアは、禁忌の使い手グレイを探し出せない。思わず溜め息が出る。

「透明になる魔術でも身に着けたのかしら」

 ダリアが溜め息を吐く間にも、茶髪の少女の母親が狂気じみた奇声をあげて走り出す。ダリア目掛けて右手を振り上げる。

 ダリアは悩まし気に小首を傾げた。

「今度は私を敵対視しましたのね。困った人ですわ。暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」

 母親は、ダリアに右手を振り下ろす寸前でピタリと動かなくなった。飢えた獣のようにうなりながら両手をばたつかせている。

 ダリアは額に片手を当てて考え込んだ。


「考えてみればグレイはズルいですわ。影の魔術と禁忌の魔術を扱えるのですもの。魔術は通常なら一人一種類ですわ。こんな不公平があって良いのかしら」


「時を操るあんたの魔術も反則だと思うぜ」


 背中に大剣を背負う赤髪の男カルマが、やれやれと言いながら両手を上に向けた。

「俺がどんなにうまく炎の魔術を使っても、勝てねぇもんな」

「あなたの愚痴を聞く気はしませんわ。つべこべ言わずにグレイを探してくださる?」

「ちったぁ励ましてくれてもいいんじゃねぇか?」

 ダリアの容赦ない言葉に、カルマはこめかみに四つ角を浮かべた。

 そんな二人の間にジャンが割って入る。


「ダリアもカルマもすごいよ! 頑張って禁忌の魔術を止めよう!」


「そうですわね」


 ダリアは頷いた。

「でも、グレイがどこにいるのか分かりませんわ」

「グレイの使い魔が、グレイはフロンティア家にいると言っていたよね。たぶん近くにいないと思う」

 ジャンの口調が弱々しい。自信がないのだろう。

 そんなジャンの背中を、カルマがドンッと押す。


「そうだったな! グレイはフロンティア家にいるんだ。この近くを探したって見つからねぇよ! 貴重な情報だ!」


「い、痛い。でも役に立ったなら良かったよ」


 ジャンは前のめりになりながら、なんとかバランスを取って自らの背中をさする。

 カルマは頭をかく。

「そういえば、昔あいつから聞いたな。使い魔がいれば、離れている場所でも魔術を掛ける事ができるって」

「そんな大事な情報をどうして教えてくださらなかったのかしら?」

 ダリアが呆れ顔になると、カルマは苦笑した。

「ついさっきまで忘れていたんだ。思い出したんだから誉めてくれよ」

「はいはい、あなたにしては頑張りましたね。それは置いといて、グレイの使い魔といえば道案内をしてくれる黒い小鳥ですわね」

「適当に流しやがって……」

 カルマが両手をワナワナさせるのを横目に、ジャンは頷いた。

「そうだね。グレイの使い魔は黒い小鳥で間違いないね」

「退治しましょう。暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」

 フロンティア家まで案内するはずの黒い小鳥が、空中でピタリと動きを止めた。羽をばたつかせているが、全く動けないでいる。

 カルマはうなった。

「黒い小鳥は、グレイの所に行くのに必要なんだけどな」

「そうも言っていられないでしょう。グレイの居場所は分かっているのです。別の方法を考えましょう」

 ダリアがキッパリと言い放つ。

「あんな鳥、私のスローライフに必要ありませんし」

「そんな事を言うのか!?」

 カルマが両目を丸くする。

 ジャンは深々と頷いて、感心していた。

「どんな時でもスローライフを意識するダリアはさすがだなぁ」

「わけがわかんねぇよ!」

「健気な女の子と、その母親を見捨てられないという事だよ。助ければ気持ちよくスローライフを満喫できるんだ。鳥はどうでもいいけど」

「鳥の差別がひでぇな! まあグレイが召喚したもんだし、気持ちは分からなくねぇが」

 カルマは背中の大剣を抜き放った。


「髪飾りの店の女の子を見捨てるのは寝覚めがわりぃしな。グレイの元に行く方法は別に考えるぜ。暗き祈りよ我に力を、ファイアーライン」


 大剣を横に薙ぐ。

 炎の一線が生まれて、空中で動きを止めた鳥を燃やし尽くした。

 ジャンが歓声をあげる。

「すごいね! 僕もやるよ。聖なる祈りよ我に力を、ステータス・リカバリー」

 ジャンが聖術を唱えると、母親の周囲が淡い白い光に包まれる。母親の表情が少しずつ穏やかになる。

 茶髪の少女が期待の眼差しを浮かべる。

 しかし、ジャンは額に汗をにじませて自らの肩を抱きかかえた。


「……まだ終わらないと思う」


「あら、どういう事ですの?」


 ダリアが疑問を呈すると、ジャンは震えだした。

「以前に僕も禁忌の魔術を掛けられて嫌な気持ちになったけど、その時と同じ気分なんだ。たぶん使い魔が他にいる。近くにいる人を意味もなく殺したくなるんだ」

 ジャンの声はか細く、震えていた。

「禁忌の魔術に勝てる気がしないんだ。情けない事を言ってごめん」

「禁忌の魔術は凶悪なものです。あなたは何も悪くありませんわ」

 ダリアはジャンに微笑みかけて、そっと抱きしめる。

 カルマは大剣を構えたまま、辺りをグルリと見渡した。


「早く使い魔を倒したいが、それらしい奴がいねぇんだよな」


 強い風が吹き、その場にいる全員の髪や服をなぶる。

 ジャンの視線が、風の行き先につられて上にいく。

 黒い小鳥が遥か上空を飛んでいた。

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