凶暴化した女

 フォルテ街の外を歩く集団がいた。

 男が、リードにつないだ茶色い犬についていくように歩く。その後ろを、茶髪の少女を囲うように銀色の鎧に身を包んだ三人の男が歩く。

 茶髪の少女の母親を探しているのだ。

 犬はひっきりなしに鼻を利かせている。母親を探すのは、犬と先頭の男の役割だ。鎧を着た男たちは護衛であった。護衛たちは

 グラン率いる聖騎士団のメンバーであった。

 茶髪の少女の右隣を歩く護衛のが口を開く。


「そばかすの目立つ、茶髪の女性……それがあなたの母親だね」


「は、はい。顔立ちが私とそそそっくりなので、見ればすぐに分かると思います」


 茶髪の少女の口調は上ずっていた。緊張を隠せていない。

 左隣を歩く護衛は朗らかに笑った。

「もっとリラックスしようぜ。大概の事ならやり遂げる。そのために俺たちがついてきたんだ」

「あ、ありがとうございます」

 茶髪の少女は緊張したままであったが、いくらか和んだ表情を浮かべていた。

「何かあったらお任せします」

「おう! 大船に乗ったつもりでいてくれ!」

 左隣を歩く護衛が豪快に笑う。

 後ろを歩く護衛は苦笑した。

「行方不明者の捜索依頼なんて、本当は無償で受けられたらいいのだけど……そうすると我々の身がもたないほどに依頼が来てしまうんだよなぁ……その分、正式な手続きを踏んだ依頼は絶対に遂行するけど」

 正式な依頼。

 平たく言えば、金銭や高価なものを渡す事である。茶髪の少女も売り上げの九割以上を渡していた。

 生活は苦しくなるだろう。

 しかし、それ以上に母親を見つけたい。

 茶髪の少女は深々と頭を下げた。

「迅速な対応に感謝いたします」

「かしこまらなくていいよ。僕たちは仕事をこなすだけだから」

 右隣を歩く護衛が微笑む。

 左隣と後ろを歩く護衛も頷いていた。

 ふと、先頭を歩く犬が止まる。護衛たちも歩みを止めた。

 犬が吠える。その先に、おぼつかない足取りで歩いてくる女がいた。そばかすの目立つ、茶髪の女だ。

「母さん!」

 茶髪の少女が呼びかけて、駆け寄る。

 女は、少女の母親で間違いなかった。


「母さん、やっと会えた……」


 少女の両目が潤む。十日も会えなかった母親はやせ細り、膝を擦りむいていた。

 少女は母親の手を取る。

「帰ろう。今日はゆっくり休もうね」

 少女は母親の手を引っ張る。

 しかし、母親は微動だにしない。

 少女が首を傾げる。

「母さん?」

 呼びかけるが、返事がない。

 母親の雰囲気は異様だった。両目を吊り上げ、禍々しいオーラをまとっている。


「……殺す」


 そう呟くと同時に、母親は片腕を振り上げた。

 護衛たちは嫌な雰囲気を察していた。一人は少女と母親を強引に引き離し、一人は少女を抱えて離れ、一人は先頭に立って槍を握って母親と対峙する。犬と、犬を連れた男はフォルテ街に向かって逃げていた。

 少女を抱えていた護衛が、少女を地面に降ろして微笑む。

「ここは僕たちに任せて、フォルテ街に逃げて」

「母さんはどうなるのですか!?」

 少女は懸命に母親まで駆け寄ろうとするが、微笑んだままの護衛が捕まえる。


「あの女性は人の心を失っている。あなたの事も分かっていないだろう。諦めるしかない」


「そんな……絶対に嫌です!」


 少女は叫んだ。

「生活を犠牲にして、お金をためてちゃんと依頼して、やっと会えたのに、諦めるなんてできません!」

「依頼料なら減額するよ。あなただけでも生き延びて」

 少女は何度も首を横に振った。

 二人の護衛が母親に槍を向けている。戦闘経験も武器もない母親が生き延びる可能性は皆無だろう。

 少女は、護衛に捕まったまま絶叫した。

「母さん、私だよ! 返事をしてよ!」

 少女は両手を伸ばし、足をばたつかせた。

「戦うなんて嫌でしょ!? 私の事をちゃんと分かっていると言って!」

「おい、うるさいから黙らせろよ」

 母親と対峙している護衛の一人が少女を睨む。

 少女を捕まえている護衛は頷いた。

「そうだね。この子のためでもあるね」

 少女は首に手刀を落とされると、あっけなく気を失った。

 母親が奇声を上げて護衛の一人に殴りかかると、別の護衛が母親に足払いをかけて転ばせる。足払いをかけた護衛は、転んだ母親に馬乗りになって、槍の切っ先を向ける。


「悪く思うなよ。これがみんなのためなんだ」


「大の男がよってたかって何をなさっているの!? 暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」


 唐突に、気品のある女の声が響き渡った。深紫色の髪の少女で、勝ち気な赤い瞳をしている。

 護衛たちはなぜか身体が動かなくなった。

 護衛たちが戸惑い、両手足をばたつかせている間に、母親は馬乗りになっている護衛を押しのけて、たった今押しのけた護衛に殴りかかる。

 深紫色の髪の少女は呆れた。

「襲い掛かるなんて、あなたにも非がありますわ。暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」

 母親の動きがピタリと止まった。

 母親はうめき、両腕をぶん回すが、その場から動けない。

「やっぱりすごい。僕も頑張ろう! 聖なる祈りよ我に力を、ステータス・リカバリー」

 今度は銀髪の少年が不思議な力をふるった。


「女の人は禁忌の魔術を掛けられているんだ。魔術を解けばもとに戻るはずだよ」


 母親の周囲を淡く白い光が包む。吊り上がっていた両目が穏やかに戻り、禍々しいオーラも消えている。

「私は……いったい?」

 母親が不思議そうに辺りを見渡す。

 それを見計らって、大剣を背負う赤髪の男が、茶髪の少女を小突く。

「起きろ、感動のご対面だぜ」

 茶髪の少女はゆっくりと目を開けた。

 そして、慌てて起き上がった。


「母さん、母さんは!?」


「ああ……やっと会えたわ」


 母親は弱々しく微笑む。やせ細った両腕を広げて、おぼつかない足取りで歩く。

「帰れなくてごめんなさい」

 茶髪の少女は泣きながら走ろうとする。

 しかし、赤髪の男は、茶髪の少女の両肩を掴んで止めた。


「また雰囲気がおかしくなっている」


「そんな、母さん!? どうして!?」


 茶髪の少女は絶叫する。

 母親の両目は再び吊り上がり、全身に禍々しいオーラをまとっていた。

 深紫色の髪の少女が冷や汗を流す。

「また禁忌の魔術を掛けられたのでしょう。禁忌の使い手を倒すしかありませんわね」

「ちょっと待ってくれよ、グレイならすぐに説得するから!」

 赤髪の男は焦りを露にした。

 彼らの近くには、黒い小鳥が飛んでいた。黒い小鳥は禁忌の使い手の、使い魔だ。

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