黒い小鳥
ダリアたちは宿屋から出た所に立っていた。ジャンとカルマもいるのだが、神妙な面持ちになっている。
三人は、通りすがる人々が訝し気に注目するほどに、昼下がりの市場とは不釣り合いな剣呑な雰囲気をまとっていた。
カルマが小声で口を開く。
「なんでフランソワ王太子の婚約者が迷子なんだ?」
「迷子ではありません、道順を知らないだけですわ」
ダリアがムッとした表情で反論する。
「エクストリーム王国から一人で外に出るなんてありませんでした。道順を知らないのは当然の事ですのよ」
「だからって、俺の金で地図を買うとかふざけんた提案はやめろ」
カルマはこめかみに四つ角を浮かべていた。
「俺の金は俺のためにあるんだ」
「宿屋の主人に、エクストリーム王国に行くと申し上げてしまったのです。行くしかありません。道順を知る人間がいないのに、地図を手に入れずに目的地にたどり着こうなど、愚か者の考えですわ」
「いきなりエクストリーム王国に行くなんて言ったのは、あんたの勝手だ」
「あなただってその場で止めなかったでしょう」
ダリアとカルマの雰囲気が、どんどん陰惨なものになっていく。
ジャンは二人の間に割って入った。
「二人の気持ちは分かるよ。一刻も早く禁忌の使い手を止めたいよね」
「まあな。このままだと、グレイは確実に誰かの恨みを買う。刺されるだろう」
カルマの雰囲気がいくらか和らいだ。
「俺はグレイを直接探し出して止めるべきだと思うぜ」
「グレイの居場所は分かりません。捜索のためにも、エクストリーム王国の力を借りるべきですわ」
「王国の人間に知られたら、まず間違いなく死罪だろ?」
カルマの表情が険しい。
しかし、ダリアがひるむ様子はない。
「当然ですわ。禁忌の魔術に手を出した方が悪いのです」
「あいつはあいつなりに生き様があるんだ。いきなり死罪なんて言われたら、正直な報告なんてやりたくないぜ」
「禁忌は世界に大きな損害を与えるから、それだけで死罪相当ですのよ。報告をやりたくないのは結構ですけど、私たちの邪魔をなさらないで」
ダリアが強い口調になると、カルマは口元を引くつかせた。
「邪魔なんてしていないだろ」
「道順が分からないのに地図を買ってくださらないし、道順の分かる人を雇わないなんて、邪魔と言わずになんと言うのかしら?」
二人の間に火花が散る。
その火花の中に、ジャンは割って入る。
「二人とも落ち着いてよ。禁忌の使い手を止めたいのは一緒だよ。僕に案があるんだ。聞いてもらえるかな?」
「あら、どんな案かしら?」
ダリアが両目をパチクリさせる。カルマも興味深そうにジャンに視線を送る。
ジャンは一呼吸置いて話す。
「うまくいくか分からないけど……僕はまだエクストリーム王国に行かなくていいと思う。フォルテ街の近くで事件が起こっているんだよね? それを解決したら、フォルテ街の住民の誰かが道案内をしてくれると思うんだ」
ジャンの提案を聞いて、カルマは溜め息を吐いた。
「この街の住民がそんなに律儀だと思うか? 髪飾りの店の女の子の母親だって、金がないと探しにいかない連中だぜ?」
「せっかくの提案ですけど、フォルテ街の近くの事件なんて関わりがないと言われればそれまでですわ。フォルテ街の中の事件を解決したのなら、交渉の余地はありますけど」
ダリアは悩ましげに小首を傾げた。
「いっそカルマが事件をでっちあげてくださらないかしら?」
「やるわけないだろ!」
「本気になさらないで。冗談ですわ」
「真顔で言うなよ、面白くねぇし」
カルマは舌打ちをした。
一方でジャンは両目を輝かせた。
「ダリアの冗談は面白いなぁ」
「どこがだよ!?」
カルマが両目を見開いて、ジャンの胸にツッコミを入れる。
ジャンは胸を両手で押さえて、咳込んだ。
「ツッコミの力が強すぎるよぉ……」
「わ、わりぃ……ってなんで俺が謝るんだ!?」
カルマは頭を抱えた。
ダリアは呆れ顔になる。
「ジャンをいじめるのはやめてくださる?」
「もとを正せばあんたのせいだろ!?」
「あら、人のせいにするなんて見苦しいですわ」
ダリアは心底嫌そうな顔をして、カルマから距離を取った。
カルマは右の拳をワナワナと震わせた。
「ドン引きしたいのはこっちなのによぉ……ん?」
カルマの右肩に、黒い小鳥が止まった。
「グレイの使い魔じゃねぇか。どうしたんだ?」
カルマが疑問を呈すると、黒い小鳥は囁く。
「グレイはフロンティア家にいる。グレイはフロンティア家にいる」
「マジか、案内してくれるか?」
カルマにとって願ってもない情報だった。
黒い小鳥はパタパタと飛ぶ。カルマが後を追う。
ダリアとジャンは互いに顔を見合せたが、追いかける事にした。
「禁忌の使い手がいるというのなら、罠だとしても行くべきですわね」
「カルマが一人で行って戻ってこれないと大変だ」
二人とも理由は違っていたが、フロンティア家に向かう事になった。
ダリアたちがフロンティア家に向かうと決断した頃に。
フォルテ街のすぐそばで、女が一人でおぼつかない足取りで歩いていた。そばかすの目立つ、茶髪の女だ。膝に擦りむいた跡がある。
「帰らないと……」
女はか細い声で呟いた。女自身は言葉の意味を分かっていない。涙を浮かべながら、ひたすら歩いていた。
そんな女の上空を、一羽の黒い小鳥が飛ぶ。
その途端に、茶髪の女の表情が変わった。涙はひき、両目が吊り上がっていく。
「帰らないと……帰る?」
茶髪の女の雰囲気が禍々しいものに変化していく。
そして、低い声で言葉をこぼす。
「殺す、殺さないと」
一羽の黒い小鳥が、フォルテ街の上空で大きな円を描く。女の目的地と同じだ。
「みんな、殺す」
女はおぼつかない足取りのまま、フォルテ街に近づいていた。
それが禁忌の魔術の影響だとは、女は把握していなかった。
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