禁忌を永続させる方法

 禁忌の使い手グレイは、フロンティア家の地下にある独房に閉じ込められている。独房には生活に必要な最低限の家具はあるが、生活に楽しみを与える小物などは一切ない。

 グレイは独房のベッドに転がりながら、溜め息を吐く。

「……暇だね」

 口に出してみると、より気分が滅入る。

 食事は届けられるし、昼寝もできる。

 ある意味で理想の生活であるが、楽しくない。

「やりたいようにやるのが一番だよ」

 そう呟くが、脱出を試みる気になれない。

 ギュスターブに仕える聖騎士グランが強すぎる。捕まれば何をされるのか分からない。

「早くカルマが来ないかなぁ」

 カルマを探すために使い魔を召喚しておいた。いつかカルマを連れてくるはずだ。

「聖騎士グランなんか倒してくれればいいのに」

 そう口に出すと、突然に独房のドアが開いた。

 恰幅の良い深紫色の髪の男と、白銀の鎧に身を包む金髪の男がいた。

 ギュスターブとグランだ。

 グレイはベッドから飛び起きた。

「ぼ、僕は何も言っていないよ!」

 口調が上ずった。嘘がバレるかもしれないと思うと気が気でない。

 ギュスターブがズカズカと足を踏み入れる。その後ろにはグランがついていた。

「おまえの独り言などどうでもいい。今日は大事な話がある」

 ギュスターブが心底くだらないものを見る目を向けてくる。

 グレイには屈辱であったが、口に出さないようにする。命をつなぐためなら、多少の事は仕方ない。

 グランは微笑んでいた。

「そうですね。僕を倒すような強者がいるなら興味深いのですが」

 グレイの独り言はしっかりと聞かれていた。

 グレイは冷や汗が止まらなくなる。

「ご、ごめん」

「謝らなくていいよ。君の本音は分かっているから」

 グランの屈託のない笑顔が、グレイにとってかえって怖い。

「なんでもするから、命だけは」

「当たり前だ。おまえは儂のために何でもするべきだ。そのために独房で反省を促したのだから」

 ギュスターブの眼光が鋭くなる。

 グレイは何度もコクコクと頷いた。

「僕は何をすればいいんだ?」

「まずは確認させろ。おまえの魔術は、禁忌の魔術といえど、おまえが傍にいないと原則として消えたり薄れてしまう。そうだな?」

 ギュスターブの問いかけに、グレイは頷いた。

「どの魔術もそうだと思うけどね」

「おまえの意見など聞いていない」

 ギュスターブにピシャリと言われて、グレイは押しだまる。

 意見を言ったつもりなどなかったが、反論すると寿命を縮めるだろう。

 ギュスターブは話を続ける。

「おまえが傍にいれば禁忌の魔術は永続される。そうだな」

「そうだよ」

 なんでそんな当たり前の事を確かめる?

 そう感じたが、グレイは余計な事を言わないようにした。

 ギュスターブが怪しく笑う。

 グレイは嫌な予感がした。碌でもない事を言われるに違いない。その発言を止める事はできない。

 ギュスターブはグレイの口元を確かめるように、ゆっくりと口を開く。


「おまえの使い魔がいれば、おまえがどこにいようと、禁忌は永続されるな?」


 グレイは唖然とした。

 確かにグレイの使い魔が傍にいれば、グレイの魔術は消えずに残る。禁忌の魔術も同様だ。

 しかしグレイ自身は、使い魔の召喚と維持に魔力を使う。目的を果たした使い魔は、すぐに消すのが通例だ。常習的に召喚されたままの黒い大鷲は、グレイに頼らずに自力で存在を維持しているため、例外的に消していないが。

「……使い魔の召喚は僕に負担が大きいよ」

「おまえの意見は聞いていない。使い魔がいる場所なら、禁忌の魔術は永続されるな?」

 ギュスターブの口調が重く、険しい。

「正直に言わなければ分かっているな?」

「……分かるよ。グランに刺されるんでしょ?」

 グレイは辛うじて言葉を吐いた。冷や汗は止まらないし、喉はカラカラだった。

 グランは微笑みを浮かべたままだ。

「僕はギュスターブ公爵に従うよ」

「そうだよね」

 グレイの声は震えた。

 使い魔の召喚を永続させれば、グレイの魔力、そして生命力が尽きる危険がある。

 しかし、逆らえばグランの槍の餌食となる。

 前者ならギュスターブの気分によっては、解放される可能性がある。後者は確実に死ぬ。

 グレイは長い溜め息を吐いて、正直に言う事にした。

「ギュスターブ公爵の言う通り、使い魔がいれば僕がどこにいても禁忌の魔術は永続されるよ」

「そうだな。すぐに召喚して、フォルテ街に向かわせろ」

 ギュスターブの命令を聞いて、グレイは首を傾げた。

「どうしてフォルテ街に?」

「僕が説明するよ。禁忌の魔術を掛けられた多くの人間が凶暴化するのは分かっているね?」

 グランが口を挟んだ。


「凶暴化した人間は、多くは僕たち聖騎士団が退治したけど……逃してしまった人間もいる。フォルテ街に向かっているという情報がある」


「フォルテ街に使い魔を飛ばしたら、凶暴化した実験台が暴れるよね。本当にいいの?」


 グレイが確認すると、グランは表情を曇らせた。

「ギュスターブ公爵の崇高な目的を達成するためには仕方ない。いざという時には、聖騎士団が退治するよ」

「犠牲が出ても仕方ないという事だね」

 グレイは頷いた。

「いいよ。どうせ僕に関わりのない人間だから」

「ありがとう。ギュスターブ公爵の意志、ひいてはエクストリーム王国を守る礎になってくれて感謝する」

 グランが一礼するのを横目に、グレイは黒い小鳥を召喚した。カルマをグレイの元へ案内させるために黒い小鳥を既に召喚しているが、そんな事を口に出せば、余計な事をせずに消せと言わるだろう。確実に助けが来なくなる。

 使い魔を二体召喚すると魔力の消耗は激しくなるが、仕方ない。

 黒い小鳥は鉄格子のはめられた窓の隙間を抜けて、空へ飛び立った。

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