宿屋の主人の情報
ジャンに案内されて、ダリアたちは宿屋の前に着いた。
「ここの主人は変わり者だけど、優しいんだ。僕たちを温かく迎え入れてくれるよ」
ジャンは言っているそばから、宿屋に入っていた。
ダリアとカルマも続くと、ジャンは宿屋の主人とみられる老人と話しをしていた。
「久しぶり! ニュースがあるよ!」
「おお、どんな話じゃ?」
「僕と父さんに血のつながりがないんだって!」
「おお!?」
宿屋の主人は両目を見開いた。
ダリアは頷きながら聞いていた。
「そんな大事な話をいきなり言われたら、誰だってビックリしますわね」
案の定、宿屋の主人はうめいていた。
「ガイめ、いつの間にこんなに可愛い息子さんをこしらえたんだと思ったが、違ったのか。まさかガイにさらわれたのか?」
「違うよ! ルミエール家が襲撃された時に、当主の娘さんが僕を父さんに預けたんだって」
「むむ……? ジャンはルミエール家の子供だったのか?」
宿屋の主人が首を傾げる。
カルマは慌ててジャンの口を片手で塞いだ。
「そんな大事な事をベラベラしゃべるな! 命を狙われているのかもしれないのに。おっさん、子供の作り話だ。聞き流してくれ」
「あいにくジャンが嘘をつかないのは分かっておる。聞き流す事はできぬ」
宿屋の主人は神妙な顔つきになった。
「要件はなんだ? かくまってほしいのか?」
「えっと……その、まあちょっと情報がほしいんだ」
カルマはジャンの口から手を放して、自らの赤髪をかく。
「知っていたらでいいんだが、禁忌の使い手に関する情報はないか?」
「禁忌とはなんじゃ?」
宿屋の主人が両腕を組む。
禁忌の魔術の定義を知らないようだ。
ダリアが口を挟む。
「禁忌とは、命を弄んだり世界の理を変える行為ですわ」
「なんだか難しいのぅ……」
宿屋の主人はうなる。
ダリアの説明は伝わっていないようだ。
ジャンが両手を広げる。
「人を襲わない動物が凶暴化するんだ。僕も掛けられた事があるけど」
「お主も禁忌の魔術を掛けられたのか!?」
ジャンの言葉に、宿屋の主人の声は裏返った。
ジャンは事もなげに頷いた。
「理由なく人を殺したくなるんだ。頼りになる仲間がいないと危なかったよ」
「そうか……禁忌の魔術はそんなに危ないのか。助かって良かったのぅ」
宿屋の主人は胸を撫で下ろした。
「そういえば、人が行方不明になったり襲われる事件が妙に増えたという話があるぞ。襲ってきた人間は、ギュスターブ公爵に仕える聖騎士団がすぐに退治してくれるそうじゃが」
「あら、事件はどこで?」
ダリアが尋ねると、宿屋の主人は身震いした。
「このフォルテ街の近くだと聞いておる。聖騎士団がいなかったら、みんな街から逃げるじゃろう。役人たちは頼りにならないし」
「ギュスターブ公爵に仕える聖騎士団も近くにいますのね」
ダリアが確認をすると、宿屋の主人は力強く頷いた。
「聖騎士団は頼もしいぞ。強くて優しい人間が多いと聞いておる。その活躍を儂も見てみたいが、凶暴化した奴に宿を襲撃されるのは嫌じゃのう」
「そうですわね。平和が一番ですわね」
ダリアはクスクス笑う。
宿屋の主人もつられて笑う。
「こんな宿じゃが、一生懸命にもてなすぞ」
「ありがとう、休む時に利用させてもらいますわ」
ダリアは微笑んだ。
「少しお尋ねしたいのだけど、この街にエクストリーム王国と直接コンタクトが取れる人間はいるかしら?」
「エクストリーム王国!? 大陸随一の王国じゃ。もっと大きな街の人間じゃないと無理だと思うぞ。役人たちに何か言ったって、面倒ごとはもみ消されるからのぅ」
宿屋の主人の正直な反応に、ダリアは内心で残念に思った。
禁忌の魔術についてエクストリーム王国の誰かに報告できれば、すぐに動いてもらえる可能性はある。他の人間を動かして自分はさっさとトッカータ村に戻ってスローライフを満喫するつもりでいたが、その目論見は崩れ去った。
「エクストリーム王国に向かうのが良いのかもしれませんわね」
「フォルテ街から王国に向かう道は、物騒になったと聞く。普通の人間が通りたいと言えば、止めるぞ」
宿屋の主人の忠告を聞いて、ダリアは上品に片手を口元に当てた。
「きっと禁忌の使い手のせいですわね。安心なさい、私たちは普通ではありませんの」
「まあ、そんな気はしたぞ。行くのなら気を付けてくれ。いい土産話を期待しておる」
「貴重な情報をくれた事に感謝しますわ」
ダリアは和やかな雰囲気で宿屋を出る。
ジャンも片手を振った。
「本当ありがとう、またね!」
「うむ、また会おう」
宿屋の主人も片手を振って応じていた。
カルマもダリアたちについていく。
ダリアたちが和やかな雰囲気で宿屋を出た頃に。
おぼつかない足取りで、フォルテ街に向かう人影があった。
ボサボサの茶髪を生やす、そばかすの目立つ女だ。服はボロボロで、裸足である。
「帰らないと……」
女は呟きながら、よろめきながら、前に進んでいた。
何のために帰るのか覚えていない。
しかし、女は時に目に涙を溜めて呟く。
「帰らないと……」
自分がどうして歩いているのかさえ分からない。しかし、女はなぜか確信していた。フォルテ街に帰るべき場所があると。
石につまづいて転ぶ。膝を擦りむいた。
不思議と痛みは感じない。よろよろと立ち上がって、歩きだす。
「帰らないと……」
女は記憶がない。
禁忌の魔術の実験による影響だったのだが、女にその認識は無かった。
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