飽きない人たち

 その後も、ダリアは通りかかる人を観察し、うまく髪飾りのニーズを引き出していた。ダリアの活躍で髪飾りは順調に売れた。買った途端に髪飾りを身に着けた黒髪の少女の存在が、良い呼び水になっていた。

 そばかすの目立つ、店番の茶髪の少女は涙目になっていた。

「ありがとうございます、これでちゃんとした所に母さんを探すのを依頼できます」

「その前に、あなたの身なりを整えませんと。私がいなくなったら、髪飾りが売れなくなりますわ」

「そ、それはそうですが……この勢いで売れたら品切れになります。髪飾りは母さんじゃないと作れません」

 茶髪の少女は意を決して立ち上がった。


「今日は店じまいにして、ちゃんとした機関に母さんを探してもらいます」


「おいおい、もう店じまいのつもりか!? 税金はどうした!?」


 下卑た笑いを浮かべる男たちが歩いてきた。人相はまちまちであるが、他人を見下すような嫌な態度がにじみ出ている。

 茶髪の少女は両肩をビクッと震わせた。

「税金はいつか払います。どうか母さんを探させてください」

「ダメだ。税金を払わないなら反逆だ。すぐに捕まえるぞ」

 リーダー格と思われる大柄な男が言うと、男たちの間に濁った笑いが浮かぶ。

 ダリアは呆れ顔になった。

「どこかで見た事があると思ったら、役人たちですわね。相変わらず弱いものイジメをしていますのね」

「これは国を支えるための崇高な仕事というヤツだ。世の中は税によって回っているんだ」

「不当な課税をおやめなさい。国にとって命取りとなりますわ」

「さっきから偉そうに。何様のつもりだ……!?」

 リーダー格の顔が青ざめた。


「深紫色の髪の女……もしかして、トッカータ村の魔女!?」


「悪くない二つ名ですわね」


 ダリアは口の端を上げた。

「あの時、私が魔術を掛けた事を覚えていてくださっている様子ですわね」

「ひ、ひいぃいい逃げろ!」

「お待ちなさい。暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」

 ダリアの呪縛により、役人たちの動きは止まった。必死に宙を掻くが、まったく前に進めない。

 ダリアはゆっくりとリーダー格に近づいた。

「あの時は確かにトッカータ村の事しか申し上げておりませんでした。でも、私が何を言いたのか分かるはずですわね」

「分かった分かった! どうか命だけは!」

 リーダー格を始め、役人たちは鼻水と涙を流していた。

 ダリアは吹き出しそうになった。

「脅かしたつもりはありませんのに」

「もう何でもいい! 従うから命だけは!」

 役人たちの間で、ダリアは存在するだけで怖いものらしい。

 利用しない手はない。

 ダリアはそう判断して、残忍な笑みを浮かべる。

「もしも私の許可なく不当な課税を行うなら、お分かりですわね?」

「やらない! 不当な課税なんかやらない!」

「髪飾りの店に対する不当な課税も?」

「当たり前だ、撤廃する! だから命だけは!」

 あっさり言う事を聞く役人たちに向けて、ダリアは上品に笑った。


「もう一つ、申し上げておきたい事があります。禁忌の使い手がいたらすぐに王国に報告なさい。ギュスターブ公爵ではなく」


「うう……あいつは気まぐれで、いつどこにいるか分からない」


「見かけたらで結構ですわ。もしも約束を破れば、分かっていますわね?」


 ダリアは微笑んだまま、あえて低い声を発した。

 役人たちは何度も頷いた。

「分かった分かった! ギュスターブ公爵には絶対に報告しない!」

「よろしいですわ」

 ダリアは魔術を解いた。

 呪縛から解放された役人たちは、悲鳴をあげて走り去った。

 茶髪の少女が何度も礼をする。


「ありがとうございます! あいつらのしつこい課税に困っていました」


「お構いなく。ちょうど用事があっただけですわ」


 ダリアの笑みがほころぶ。

 ジャンの笑顔も輝く。

「やっぱりダリアはカッコイイなぁ。僕も何かやりたい。お母さんを探すのを手伝いたいな」

「人探しは難しいですわ。慣れない土地ですし、信頼できる機関に任せた方が良いでしょう」

「そうかぁ」

 ダリアに言われて、ジャンは残念そうに溜め息を吐いた。

 ダリアは茶髪の少女に微笑みかける。

「お母様が無事に見つかるのを祈りますわ」

「はい……何から何まで本当にありがとうございます」

 茶髪の少女は何かを思い出したようにハッとした。

「そういえば、赤いダリアの髪飾りをお買い求めでしたね。お礼としてプレゼントさせてください」

「結構ですわ。代金はきちんとお支払いしませんと」

「いえ、こんなに働いてくださったんです。私の気持ちが晴れないので、お礼として受け取ってください!」

 茶髪の少女が力強く言うと、ダリアは愛おしそうに髪飾りを見つめた。

「そこまでおっしゃるのなら、いただこうかしら。力強い言葉を聞くと気分が良いですわ」

「はい! どうぞ大切にしてください!」

 茶髪の少女から赤い花の髪飾りを受け取ると、ダリアはそっと深紫色の髪に付けた。

 深紫色の中に、赤い花は鮮やかに映える。

 ジャンが両目を輝かせた。

「ピッタリだよ!」

「ありがとう、良いものを手に入れましたわ」

 ダリアから自然と笑みがこぼれる。

「気分が良いですわ。私のスローライフにふさわしいオシャレですわね」

「スローライフ……かなぁ」

 ジャンが首を傾げた。

 カルマが店の裏から出てきた。

「スローライフから外れると思うぜ。女の子を無償で助けるなんてな」

「私の勝手でしょう」

 ダリアがぶっきらぼうに答えると、カルマは豪華に笑った。

「たしかにな! あんたはやりたいようにやればいい!」

「きっと、女の子を助けなかったら寝覚めが悪くてスローライフが楽しめないと思ったんだよね。ダリアは優しいから」

 ジャンが微笑む。

「僕も人の役に立てるといいな」

「あなたは大丈夫ですわ。カルマ、ジャンの姿勢を見習いなさい」

 ダリアの両目は座っていた。

 カルマの笑いようが大げさで、不愉快に感じていた。

 カルマは笑ったまま歩き出す。

「俺もやりたいようにやるぜ! まずは情報収集だな」

「情報なら当てがあるんだ。任せてよ!」

 ジャンが先頭に躍り出る。

「二人が満足できるか分からないけど、いい所だよ」

「おっし、期待するぜ」

 カルマの足取りが軽い。

 ダリアは微笑み、優雅に二人の後をついていく。

「まったく……飽きない人たちですわね」

「そういえばダリア、あんたは代金を要求されたら払えたのか? 金を持っているように見えないんだが」

 カルマが振り向きざまに尋ねてきた。

 ダリアはポケットに両手をつっこんで、しばらく無言になる。

 そして明後日の方向を向いて、言い放つのだ。

「私のスローライフにお金など必要ありませんわ」

「必要だろ!? 考えておけよ!」

 カルマが両目を丸くする。

 ジャンは両腕を組んで考え込んだ。

「真のスローライフにお金はいらない……深い言葉だなぁ」

「あんたまでおかしくなったのか!? とにかく金は必須だからな。二人とも覚えておけよ! ってなんでこんな事を俺が教えているんだ!?」

 カルマは頭を抱えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る