フォルテ街

髪飾りの店

 トッカータ村を出発して、二日後にフォルテ街に着いた。人の行きかいが多く、頑丈そうな建物が並ぶ。通りには簡素な屋台が幾つも設置されている。市場が開かれているようだ。

 屋台で売られているものは千差万別だ。

 珍しい食べ物や、小綺麗なアクセサリーなど持ち運び可能なものばかりだ。

 屋台の商品を見つめながら、ジャンの両目は輝いた。

「やっぱり街はいいなぁ。こんなに素敵なものが売られるなんて」

「そうですわね。お値段も手ごろですし」

 ダリアも屋台の商品に惹かれていた。

 綺麗な赤い花のついた髪飾りだ。花びらの造形は繊細で、花を守るように茎と葉が優しく包んでいる。細やかな細工が赤い花の魅力を引き立てている。

 ダリアの視線は釘付けだった。

 そんなダリアの視線に気づいたのだろう。店番の少女が、必死な表情でアピールする。ボサボサの茶髪を肩まで生やす、そばかすの目立つ少女だ。


「こ、この赤い花はダリアというお花です。花言葉は華麗で、お姉さんにピッタリだと思います」


 アピールは棒読みに近い。緊張しているのか、ぎこちない。


 商売に慣れているとは考えづらい。

「せっかくなのですが、あなたを見ると買う気が失せますわ」

 ダリアが正直な感想を告げると、少女は両目を潤ませた。

「ご、ごめんなさい。でも、母さんが頑張って作ったんです! どうしてもお金が欲しいんです!」

「あら、お母様が作ったものですのね。あなたはお母様のために、頑張って売っているのですね。素敵ですわ」

 ダリアは微笑んだ。

「もっと自信を持ちなさい。それと、髪飾りを売るのにあなたの髪の手入れがなっていません。手櫛でも良いので、整えるべきですわ」

「ご、ごめんなさい。そうですね」

 少女は慌てて髪をとく。いくらかフケが飛んだのを、ダリアは見逃さない。

「髪はちゃんと洗っています?」

「……洗うための水を確保できません」

 少女は俯いた。

「税金を重くされて……飲み物や食べ物を確保するのが精いっぱいです」

「大変ですのね。お母様も苦労なさっているでしょう」

「母さんは……いなくなりました」

 少女の声が震える。

「十日前から家に帰らなくなって……母さんを探してほしいのですが、依頼するのにお金がほしいんです。一か八か役人に相談したら、ノルマをやると言われて課税されました」

「ひどい話ですわね。困っている人の足元を見る連中に呆れますわ」

 ダリアが心配そうに見つめると、少女は嗚咽をもらす。

「誰も助けてくれないんです……でも、お金がないからと言われても、諦めたくありません」

「涙を拭きなさい。せっかくの可愛らしい顔が台無しですわ」

「ごめんなさい。こんな話をしても、困りますよね。本当にごめんなさい」

 少女は目元を何度も手でこする。涙を止めた後は、目元が赤く腫れてしまった。

 ダリアはクスクスと笑う。

「そんな顔で商売はできませんわ」

「そ、そんな……どうしよう……」

 少女はオロオロしていた。

 ダリアは優しく微笑みかける。

「少しは休みなさい。両目に隈がありますわ」

「休むなんてできません! 早く母さんが作った髪飾りを売らないと!」

 少女の声は震えていた。通りかかる人が一瞬ギョッとして注目したが、関わり合いを避けてそそくさとどこかに行ってしまった。

 少女は追い詰められているのだろう。

 生活苦と、母親の行方不明が重なっている。

 そんな少女の両肩に、ダリアはそっと手を置いた。

「一人で切り盛りするのは大変でしょう。お手伝いが欲しいとは思いませんの?」

「そんな都合よく働いてくれる人はいません。雇うお金がありません」

 少女の言葉を聞いて、ダリアはクスクス笑う。


「言い方が悪かったようですわね。私にお手伝いをさせてくださる?」


「え……」


 少女はしばらく口を半開きにした。

「本当に、いいのですか?」

「構いませんわ。髪飾りを盗まれたり台無しにされる心配を感じるなら、見張ってもよろしくてよ」

 ダリアは、少女の両肩からそっと手を放す。


「まずは私のやり方をご覧なさい」


 ダリアは言うが早いか、通りがかった親子に微笑みかける。

「こんにちは、今日はお出かけですの?」

「え、ああ、はい」

 人の好さそうな男はコクリと頷く。

 男に手を引かれている黒髪の少女は、両目をパチクリさせた。

「だれ?」

「あちらのお店の店員ですわ。髪飾りを売っていますの」

 ダリアは髪飾りの店を片手で優雅に示し、しゃがんで黒髪の少女に視線を合わせる。

「可愛らしいですわね。年はいくつですの?」

「四歳!」

「まあ! もう立派なお姉さんですわね」

 ダリアが両手を広げると、男は頬を赤らめた。

「この子にはもうすぐ妹ができます」

「素晴らしいですわ! しっかりと受け答えができますのね。きっと良い教育を受けているのでしょう」

「あ、ありがとうございます」

 男は照れ笑いをした。

 ダリアは立ち上がって、丁寧に一礼した。

「良いお話が聞けて良かったですわ。私は店番に戻ります。よいお出かけを」

 ダリアは優雅な足取りで、髪飾りの店まで歩く。

 カルマが耳打ちする。

「おい、本当にこれでいいのか? 脅して売りつけるくらいしないのか?」

「その必要はありませんわ。もう少し見ていなさい」

 ダリアは小声で答えた。

 先ほど会話をした黒髪の少女が、男を強く引っ張る。


「髪飾り欲しい! 絶対に欲しい!」


「値段を見ないとなんとも言えないな」


 親子が近づいてきた。

 ダリアはカルマに小声で話しかける。

「あなたはどっかに行きなさい」

「おいおい、俺にも手伝わせろよ」

「真っ先に脅しを考える人間に用はありません。余計な事はおやめなさい」

 ダリアはカルマを店の裏に押しやると、親子に笑顔を向けた。

「あら、見に来てくれたの。嬉しいですわ」

「ちょ、ちょっと見るだけですが……意外と安いですね」

 男は安堵の溜め息を吐いた。

 黒髪の少女は跳びはねる。

「これがいい! これにする!」

「そ、それはスズランですね。きっと幸せを呼んでくれます」

 店番の少女がここぞとばかりにアピールする。

「あなた方にきっとピッタリです」

「じゃあこれにします」

 男はスズランの髪飾りを買う。

 黒髪の少女は大喜びであった。

「あと、これとこれ!」

「お母様と妹さんの分ですね。素敵ですわ」

 ダリアが微笑むと、男は財布の中身を確認して溜め息を吐いた。

「酒は少し我慢するか」

「やったー!」

 黒髪の少女ははしゃぎながら、三つの髪飾りを手にした。

「お姉さんバイバーイ!」

 元気よく片手を振ってきた。

 ダリアは上品に振り返すのだった。

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