仲の良い二人

 ダリアたちは早朝にフォルテ街に向かって出発し、草原を歩いていた。歩くたびに、クシャッと柔らかな草がつぶれる。

 穏やかな風と土の香りが心地よい。朝の光と共に、ダリアたちを楽しませる。

「気持ちの良い散歩ですわね」

「そうだね! この景色は素敵だよ」

 ダリアの隣を歩くジャンが、両手を広げて息をたっぷり吸い込む。

 吸い込んだ息を気持ちよさそうに吐くと、スキップを始めた。

「僕のお気に入りの景色なんだ。朝に来ると最高だよ!」

「この景色を教えてもらえて良かったですわ」

 ダリアの笑顔がほころぶと、ジャンの顔は耳まで真っ赤になった。

「ダリアが喜んでくれたのなら、嬉しいよ」

 二人の会話を聞きながら、カルマがヒューッと口笛を吹いた。


「本当に仲がいいな。胸焼けがしそうだぜ」


「ええ!? 胸が焼けそうなんて、体調が悪いの?」


 ジャンがスキップを止めて、カルマを心配そうに見ていた。

「胸は痛くない? 火傷は大丈夫?」

「胸焼けってそんな意味じゃねぇよ。二人がちょっと羨ましかっただけだぜ」

 カルマは苦笑した。

 ジャンは首を傾げた。

「体調が悪くないのは良かったけど、僕たちが羨ましいの?」

「まあな。もう恋人同士だろ」

「こ、ここ恋人!?」

 ジャンの声は裏返った。ぶんぶんと首を横に振る。

「僕なんか釣り合わないよ! ダリアはもっといい人と恋人にならなくちゃ」

「まあ、フランソワ王太子の婚約者だからな。簡単に寝取るわけにはいかないよな」

 カルマはジャンの銀髪をぐしゃりとつぶした。そして乱暴に撫でまわす。


「ダリアを奪う覚悟ができたら、いつでも言えよ。協力するから」


「何を言っているの!? あと、髪がぐちゃぐちゃになっちゃうよ!」


 ジャンが慌ててダリアの背中に逃げる。

 ダリアは呆れ顔になった。

「ジャンに変な事をなさらないでくださる?」

「何もしてねぇうちだろ。気にすんな!」

 カルマは豪快に笑った。

 ジャンはグシャグシャになった銀髪を手櫛で整えて、再び先頭を歩きだす。

「フォルテ街まで二日くらい掛かるけど、なだらかな道が続くから安心だよ」

「さっさと歩いて一日で行こうぜ。時間がもったいねぇ」

 カルマの無茶な提案に、ジャンもダリアも首を横に振った。

「グレイの身の安全を考えると急ぎたいのは分かるけど、僕たちの体力は温存した方がいいよ」

「無理をするのは嫌いですわ」

 二人の返答を聞いて、カルマは乾いた笑いを浮かべた。

「人格の差が出ているぜ。ジャン、グレイの身を案じてくれてありがとうな」

「私に対する当て付けですの?」

 ダリアの肩眉がピクリと上がった。

 カルマは力強く頷いた。

「さっきの発言で、あんたに感謝する部分はないぜ」

「はっきりとおっしゃいますのね。清々しいほどに殺意が沸きますわ」

「お? 魔術勝負でもするか?」

 カルマが口の端を上げた。

 ジャンが慌てて二人の間に入る。

「待って、喧嘩はやめようよ! これから禁忌の使い手を相手にするかもしれないのに」

「グレイなら、俺が話をすればいいだけだと思うが……まあ、ここでダリアと戦う意義はねぇな」

 カルマは両手を広げて笑った。

「とりあえず仲良くしようぜ」

「今回はジャンの顔を立てますが、言動には注意なさい」

「分かった分かった。家でもよく言われたな」

 カルマは遠い目をした。

 ジャンは首を傾げた。

「そういえば、カルマはどこの家の人なの? 貴族なのかな」

「もう勘当されたが、いちおう貴族だったぜ」

 カルマは笑みを浮かべたまま、俯いた。


「ゲート家の次男だったが、出来のいい兄のグランと比べられて荒れたもんだ」


「グラン!? もしかして、ギュスターブ公爵の側近のグランかしら」


 ダリアが両目を見開くと、カルマは顔を上げて笑った。

「そんなに驚いてもらえると嬉しいぜ。勇気を出して話した甲斐があった」

「聖騎士グラン・ゲートと言えば、エクストリーム王国の軍人が憧れて、尊敬する人間ですわ。強くて優しいと評判の男ですの。でも、ギュスターブ公爵の命令を受ければどんな冷酷な任務もこなすと聞いております」

 ダリアの言葉を、カルマは何度も頷きながら聞いていた。

「そのとおりだ。世間が思うほど、グランの性格は良くない。聖術を使えるが、国民の為に使う事はないと思うぜ」

「禁忌の使い手と手を組んでいないのを祈りたいのですが……禁忌を扱いたがるギュスターブ公爵の側近では、望みは薄いですわね」

「たぶん戦う事になるだろうな。あいつの聖術は一級品だ。俺なんて手も足も出ないぜ」

 カルマの表情が曇る。

 一方で、ダリアは片手を上品に口元に当てた。


「グランほどの聖術の使い手なら、並みの魔術ならきっと無効化しますわね。私の魔術は分かりませんけど」


「あんたの魔術だって無効化すると思うぜ」


「では、魔術を無効化する聖術を消してもらいましょう。ジャン、できますね?」


 いきなり話を振られたジャンは、あたふたした。

「ぼ、僕にできる事なら何でもやるよ」

「その意気ですわ。頼りにしています」

 ダリアが微笑むと、ジャンはコクコクと頷いた。

「ダリアのためなら頑張るよ!」

 二人の雰囲気が明るい。

 カルマは溜め息を吐いた。

「……もしかして、二人の仲の進展を考えるのなら、俺は別行動の方がいいのか?」

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