ギュスターブの思惑

 ギュスターブが、殺意に満ちた瞳をぎらつかせたまま口を開く。

「魔術の使い手は、大陸中探しても一握りだ。そんな女とやりあうのか?」

 厳かな口調だった。グレイの胸を押しつぶしそうになる。

 しかし、ここで震えてばかりいては何もできない。

 グレイは意を決して自分の考えを伝える。

「魔術でやりあった後なんだ。時間を操る魔女だった。僕の影の魔術とは相性が悪い」

「負けたのか?」

 ギュスターブの質問が、グレイの胸の内をえぐる。

 負けた。

 この一言が重くのしかかる。グレイにとって、魔術は生きがいだ。その魔術で負けた。認めたくない真実だ。

 しかし、認めなくては先に進めない。

 グレイは溜め息まじりに頷いた。

「負けたよ。人間相手に禁忌を使ったけどね」

 状況をできるだけ正直に伝える。


「女の仲間を操る事には成功した。でも、女を倒す事はできなかった」


「禁忌まで使って勝てなかったのか。なんという体たらくだ」


 ギュスターブの言葉が、グレイの心に刺さる。同時に、プライドがズタズタにされそうだ。

 グレイのプライドはちっぽけで、くだらないものだという自覚はある。しかし、他人から見てどれほどちっぽけで、くだらないとしても、守り抜きたいものである。

 グレイの胸の内にフツフツと湧き上がるものがある。はらわたが煮えくり返っているのだ。

 怒りのままに言葉を発したら、ギュスターブから敵と見なされるのは分かりきっている。

 だから、グレイは言葉を選ぶ。自分のプライドが回復するように、それと同時にギュスターブの機嫌を損ねないように。


「女がそれだけ強力なんだよ」


「時を操るのは強力だと思うけど、女性の仲間を操っていたのだよね? そのまま女性を倒させれば良かったのに、どうして君が負ける事になったんだ?」


 グランが口を挟む。的確な質問であった。

 グレイにとって、思い出すだけで赤っ恥ものだが、ごまかすのは得策ではないだろう。


「勝利を確信して大笑いをしたところ見つかって、僕自身に魔術を掛けられてしまった」


 一瞬、沈黙が走る。

 ギュスターブの眉がピクリと上がり、手元が震え出す。眼光は鋭さを増し、口の端を引くつかせている。

「愚か者め……禁忌の魔術を無駄に使いおって」

「勝っていないのに笑っちゃったの!? それも、相手に聞こえるくらいに!」

 グランは腹を抱えて笑っていた。

 グレイは自分自身の顔が急激に熱くなるのを感じていた。正直に答えたのを後悔していた。恥をかくのは分かっていたが、覚悟していた以上に恥ずかしい。

 ギュスターブの視線が痛い。睨み返す事も、言い返す事もできない。

 グレイは無言で俯いた。

 ギュスターブが露骨に溜め息を吐く。

「せっかくの魔力も使い手がこれではな……期待ができない」

 グランはしばらく笑った後で呼吸を整えた。

「純粋な魔力だけならグレイの方が優れていそうなのに」

「禁忌の魔術は誰にも知られてはならなかった。儂はもう知らぬ」

 ギュスターブが指をパチンと鳴らすと、黒ずくめの人間たちがグレイの両脇を固めた。

 グレイが驚いて顔を上げると、嫌悪に満ちたギュスターブの顔が見えた。


「投獄しろ。儂の意に背いた罰だ」


「何の事だ!?」


 グレイが声を張り上げる。

 ギュスターブに逆らったつもりはない。むしろ、機嫌を損ねないように気を遣ったつもりだ。身に覚えのない罪で投獄されるなど、冗談ではない。

 しかし、ギュスターブは首を横に振った。


「外で禁忌の魔術を使って良いなどと、儂は言ってない。絶対に誰にも知られてはならなかったのだ。儂は知らぬ。おまえが悪い」


 グレイの口元が不愉快で歪む。

 ギュスターブは禁忌の魔術に関する不祥事を、すべてグレイに押し付けるつもりなのだ。そして、ギュスターブ自身は禁忌の使い手を捕らえた英雄になるつもりなのだ。

「勝手すぎるよ」

 グレイは怨嗟を込めて呟いた。


「そっちがその気なら、僕だって手加減する理由がない」


 本当はダリアを倒す手立てを相談するつもりだったが、その気は失せた。

 グレイは呪文を唱える。


「暗き祈りよ我に力を、マインドコントロール」


 標的はグランだ。

 ギュスターブに禁忌の魔術を掛けたところで、何もできないだろう。一方でグランを操れば、確実にギュスターブを脅せる。気に入らない態度を取られれば殺す事もたやすい。

 絶対的な優位に立てる。

 グレイはほくそ笑んだ。

 しかし、一向にグランが思い通りに動かない。それどころか、グレイの首筋に槍の切っ先を突き付けた。


「見損なったよ、グレイ。そこまで落ちぶれていたなんて」


 グランの瞳に怒りが宿る。

 グレイは何も言えなかった。ただただ困惑していた。

 槍を突き付けたまま、グランが溜め息を吐く。


「不思議そうな顔をしているね。もともと聖術の使い手は、魔術の使い手に対して相性がいい。それに加えて、僕は君に会う前に自分自身に聖術を掛けておいたんだ。あらゆる魔術を無効化するようにね」


 グレイは震えた。

 聖騎士グランは敵わない相手だと認識しておくべきだったのだ。

「ごめん……」

「今更謝っても無駄だよ。君の行いは許されない」

 グランの手元がかすかに動く。

 グレイの首筋からわずかな血が流れる。グレイは恐ろしくて動けない。

 そんな時に、不敵な笑い声が聞こえた。

 ギュスターブだった。


「グラン、そこまで怒らなくても良いだろう。儂は怒っていない」


「……よろしいのですか?」


 グランの目は座っている。

 ギュスターブは口の端を上げた。

「槍を引いて良い」

「分かりました」

 グランは槍を引き、背中に備えなおす。

 ギュスターブは不気味なほどに優しい笑みを浮かべていた。


「禁忌の使い手には、今度こそしっかりと協力してもらおう」


 しっかりと、という部分を強調している。

 嫌な予感がしたが、グレイはコクコクと頷くしかなかった。

 ギュスターブが言葉を続ける。


「投獄し、反省を促そう。儂の意のままに協力するだろうな?」


 念を押されて、グレイは額に汗をにじませながら頷くしかなかった。

 グレイは黒ずくめの男に両脇を抱えられたまま歩かされ、大人しく独房に入った。

 ベッドやトイレなど、必要最低限のものは用意されていたが、このままでは自由を奪われるのは間違いない。

 誰も見ていない瞬間を見計らって、グレイはこっそりと魔術を唱えた。

「暗き祈りよ我に力を、シャドウバード」

 黒い小鳥を召喚する。

「カルマを見つけたら、僕の居場所を案内してくれ。頼んだよ」

 鉄格子のはまった窓の隙間から飛ばす。

 黒い小鳥は主の命令に忠実に飛ぶ。屋敷の前を素早く通り、夜空を舞う。

 そんな小鳥を、ギュスターブは嫌らしい眼差しで見ていた。

「まったく……禁忌の使い手は油断ならない」

「殺さなくてよろしいのですか?」

 グランの問いかけに、ギュスターブは高らかに笑った。

「よい! 楽しい宴になりそうだからな!」

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