母と娘の絆

 母親は穏やかな微笑みを浮かべたまま、両膝を地面につけた。

「ごめんなさい……ちょっと疲れてしまったみたい」

 弱々しい声で謝罪している。

 母親の娘である茶髪の少女は、母親に駆け寄った。骨が透けそうなほどやせ細った母親を、ギュッと抱きしめる。

「母さん、本当に会えて良かった」

「私がいない間、ちゃっと食べてた? だいぶ瘦せたみたいだけど」

 母親の気遣いに、茶髪の少女は嗚咽を漏らす。

「碌に食べれなかったよ。母さんを探してもらうために、一生懸命お金をためたの」

「そう……そんなに頑張らせてしまったのね」

 母親は瞼を伏せて両肩を震わせた。


「娘に苦労を掛けたくなかったのに……情けない母親ね」


「そんな事ない! これから一緒に頑張って暮らそうね」


 茶髪の少女は努めて明るい声と笑顔と出していた。

「お家に帰ってゆっくり休もう」

 茶髪の少女が母親を引っ張る。

 しかし、つんのめった。

 母親が立ち上がれなかったのだ。両膝を地面につけたまま、青ざめた表情を浮かべている。血の気が引いている。

 茶髪の少女は母親をゆする。


「母さん、大丈夫!? 立てなくなっちゃったの!?」


「大丈夫だよ、たぶん栄養失調だ」


 ジャンが微笑んで、円柱形の蓋のついた木製の容器を取り出した。蓋を外して、母親の口元に近づける。

「ベリー系のジュースだよ。甘酸っぱくて、栄養価が高いんだ。口に合うといいのだけど」

 母親は大粒の唾を飲み込んだ。かぐわしい香りが鼻腔をくすぐる。

「本当に……飲んでいいの?」

「安心して。トッカータ村に帰れば作れるから」

 ジャンの笑顔がほころんだ。

 その笑顔を見て、母親は安堵の溜め息を吐いた。

「そう……ありがとう。いただくわ」

 木製の容器を受け取り、ジュースを口に含む。ジュースが胃袋に落ちる頃には、母親の表情に血の気が戻っていた。

「美味しい」

「もっと飲んで。ジュースはまだまだあるから」

 ジャンに促されるままに、母親はジュースで喉を潤した。空腹もいくらか満たされる。

「ありがとう。もう立てるわ」

 母親は穏やかに微笑んで、立ち上がった。そして、我が子の茶髪を優しく撫でる。

「頑張って帰ってきた甲斐があったわ」

 茶髪の少女は両目を潤ませて、母親に抱き着いた。


「母さん、本当に良かった! 怖かったし苦しかった。母さんがいなくなってから今日まで誰も助けてくれなくて、見捨てられて、でも頑張って……」


 茶髪の少女は母親の胸に顔をうずめた。


「今日はとても親切な人たち助けられて、お金を貯めて母さんを探してもらう事ができて……本当に、本当に良かった……」


 茶髪の少女は何も言わなくなった。静かな寝息をたてている。

 ダリアがクスクス笑う。

「よほど疲れていましたのね」

「気を張っていたんだろうな。俺がおぶって行くか?」

 カルマが提案すると、母親は首を横に振った。

「大丈夫よ。私が背負っていくから」

 母親は茶髪の少女を背中に乗せて、ダリアたちに向けて深々とお辞儀をした。

「本当にお世話になったわ。何か御礼をしたいのだけど……」

「御礼なら既に受け取っておりますわ」


 ダリアは横を向いた。深紫色の髪に、赤い花の髪飾りが映えている。


「あなたが作ったものでしょう? 娘さんが直接手渡してくれましたわ」

 母親は頭を上げて、歓声をあげた。

「気に入ってくれたのなら嬉しいわ! よくお似合いで」

「そう言われて悪い気はしませんわ。綺麗な髪飾りをもらえて大満足ですの。これからも髪飾りを作って、人を幸せになさい」

「はい! 喜んで!」

 母親はとびっきりの笑顔を浮かべて歩きだす。

「本当にお世話になったわ。この恩は絶対に忘れない」

「私も髪飾りを大事にしますわ」

 ダリアは優雅に微笑んだ。

 ジャンが片手を勢いよく振った。

「元気に暮らしてね!」

「もう二度と禁忌の魔術を掛けられないように気を付けろよ!」

 カルマは豪華に笑っていた。

「ダリア、初めてあんたがいい奴に見えたぜ」

「褒め言葉のつもりならお門違いですわ。私の良さに気づいていなかったご自身の愚かさを猛省なさい」

「前言撤回、やっぱりあんたはあんただ」

 カルマはこめかみに四つ角を浮かべた。

 ダリアとカルマは険悪な雰囲気になった。

 ジャンが間に割って入る。

「ダリアもカルマもカッコいいよ!」

「ありがとう、あなたに褒められると純粋に嬉しいですわ」

 ダリアの笑顔が輝いた。

 カルマは舌打ちする。

「俺への当て付けか?」

「さあ、何の事でしょう? 身に覚えのない事で僻みを買うのは辛いですわ」

 ダリアはわざとらしく片手を額に当てて、ハウッと溜め息を吐いた。その両目は笑っていた。

 カルマは口元を引くつかせる。


「これだから演技上手な令嬢様はよぉ……」


「……念のために尋ねたい。あなたたちは僕たちの事を覚えているのだろうか?」


 唐突に声を掛けられた。白銀の鎧に身を包んだ三人の男がいた。

 カルマは両目を丸くした。

「誰だっけ?」

「茶髪の少女に人探しを依頼されて、護衛を引き受けていた。身体が動けなくなる魔術を掛けられたのだが、そろそろ解いてくれないか?」

 護衛の要求を受けて、ジャンは両手をパンッと叩く。

「そうか、女の子を守るための護衛だったんだ!」

「わ、忘れていたわけではありませんのよ。忙しくてちょっと後回しにしただけですわ」

 ダリアの声は上ずっていた。

 カルマがニヤつく。

「間違いなく忘れていただろ?」

「あなたと一緒にしないでくださる?」

 ダリアとカルマの間に火花が散る。

 その火花を払うように、ジャンが間に入る。

「今は護衛たちの魔術を解いてあげた方がいいと思うよ」

「そうですわね、ジャンはいつも正しいですわ」

 ダリアが微笑んで、護衛たちを止めていた魔術を消した。

 護衛たちは安堵の溜め息を吐く。

「……このまま動けないままだったらどうしようと思ったよ」

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