ジャンの血筋

 ジャンは両目を見開いた。

「僕と父さんに血のつながりがないの……?」

「そうだ」

 ガイは深々と頷いた。

 ジャンにとって、ガイの言葉はあまりにも衝撃的だった。

 ジャンに受け止める準備はなかった。呆然とするしかなかった。

 ガイは話を続ける。


「おまえはルミエール家の血を引いている。俺なんかより、ずっといい暮らしをするはずだった。だが、ルミエール家は襲撃を受けて、滅んだ。当主の娘であるおまえの母親が、おまえをここまで逃がすのが精いっぱいだった」


 ジャンの頭は真っ白だ。

 両目を見開いたまま固まるジャンを励ます言葉を、ガイは思いつかなかった。

 ジャンの母親はこの世にいない。

 彼にとってあまりにも残酷な事実だろう。しかし、ガイは言うべき事を言うしかない。

「ルミエール家は反逆を企てているという噂があった。真実かは分からないが、ギュスターブ公爵に疑われてしまったらしい。汚名を晴らす事ができずに、滅ぼされてしまった。ここからが大事だ。心の準備はいいか?」

 ジャンはしばらく固まっていたが、やがて意を決したように頷いた。

「もう充分に大事な話だったと思うけど、まだあるんだね」

「今までの話を受け止めきれないのなら、おまえがフォルテ街に行く計画は中止しよう。下手に強がっても良い事はない。今の気持ちを正直に言いなさい」

 ガイが諭すように言うと、ジャンの瞳が揺れた。


「そうだね……正直に言うと、ショックだよ。父さんと血のつながりが無いなんて。でも、僕は父さんと確かな絆があると信じているよ。僕と父さんは、誰が何と言おうと親子だ」


 ジャンの真剣な視線と、言葉は力強かった。

「父さんはきっと長年悩んだよね。僕に隠し事をして辛かったね」

「……辛いのはルミエール家だ。こんなへんぴな村に大切な子供を預ける事になったのだから」

「僕は良かったと思うよ。トッカータ村の人たちは優しいし、幸せだった。ルミエール家の人たちは気の毒だったけどね」

 ジャンは微笑んだ。

「父さんの大事な話を聞かせてよ。僕は頼まれたって泣かないよ」

「誰が泣くのを頼むもんか! 大事な話の前に変な事を言うな!」

 ガイの声は震えていた。右腕で両目をぬぐっていた。

 ジャンは大笑いをした。

「父さん、大事な話の前で泣かないでよ!」

「こんなの泣いたうちに入らないぞ! とにかく言うぞ。後悔するなよ」

 ガイは何度も深呼吸をした。

 そして、ジャンの瞳をジッと見つめながら口を開く。


「おまえは狙われているかもしれない。当主の娘を逃がした事を襲撃者に知られていないとは考えづらい。おまえも目を付けられているはずだ。命を狙っているのか、能力を狙っているのか分からないが、最大限に警戒するべきだ」


「なんだそんな事か」


 ジャンが何気なく言うと、ガイは両目をパチクリした。

「そんな事って……反応が薄いな」

「だって僕には聖術があるし、頼もしい仲間がいるんだ。うまく言えないけど、なんとなく大丈夫な気がするよ」

「なんとなくで平気になれるのか!? 大したものだ!」

 ガイは豪快に笑った。

 ジャンも胸を張って笑った。

「やっぱり父さんは笑っていた方が面白いね!」

「面白いってなんだ!? 本気で心配していたんだぞ!」

 ガイが笑いながらテーブルに身を乗り出し、ジャンの額を軽く小突く。

 ジャンは笑顔を輝かせながら力強く頷いた。

「安心してよ。僕はきっと大丈夫だから」

「信じているぞ。おまえがルミエール家に帰る事があっても、トッカータ村を忘れないでほしい」

「早とちりはやめてよ! 僕はトッカータ村の村長の息子なんだから。ルミエール家の事は他の人に任せるよ」

 ジャンの言葉を聞いて、ガイは安堵の溜め息を吐いた。

「おまえが元気だと俺も落ち着く。フォルテ街に行ってこい。待っているぞ」

「うん、支度は手伝ってね!」

「俺に支度をやらせるつもりか。ちゃっかりしているな」

 ガイはめんどくさそうに立ち上がりながら、笑った。

 ジャンは家の外に出たダリアとカルマを招き入れた。


「お待たせ。僕は父さんと血のつながりがないんだって」


「そんなに大事な話を、私たちに聞かせてよろしくて!?」


 ダリアは両目を丸くした。カルマを言葉を失っていた。

 しかし、ジャンは力強く頷いた。

「だって親子なのは変わりないから」

 ジャンのとびっきりの笑顔を見て、ダリアもカルマも安心するのだった。

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