森の探検

 朝になって、ダリアとジャンは森を歩いていた。

 気候は穏やかで、土の匂いと木漏れ日は気持ちよい。ただの散歩なら、二人とも幸せだっただろう。

 しかし、ジャンの雰囲気は張り詰めていた。緊張がヒシヒシと伝わってくる。


「魔物の増え方は異常だよ。何とかしないと」


 トッカータ村にまで魔物が出現した事が、ジャンにとって重くのしかかる。

「僕はいいけど、凶悪な魔物は普通の人にとって恐ろしいものだ。魔物が出てくる理由を突き止めないと」

「一人で背負い込む事はありませんわ。少しは私を頼ってくださる?」

 ダリアが微笑みかけると、ジャンの緊張が和らいだ。

「ありがとう。心強いよ。でも、怖くなったらすぐに逃げてね。ダリアにもしもの事があったら僕が耐えられないから」

「他人のために無茶をするほど、お人好しではありませんの。私はスローライフを満喫したいだけです。邪魔するものを排除するだけですわ」

 ダリアは意地悪く鼻を鳴らした。

「ジャンのお願いや命令だって、聞くとは限りませんのよ」

「そう言って僕の負担を軽くしようとしているんだね。ダリアは優しいなぁ」

 ジャンが笑うと、ダリアもつられて笑った。


 そんな二人の様子を木陰から見ながら、歯噛みする人影がいた。

 

 黒いフードを目深にかぶった人物だ。グレイだ。

 忌々しそうにダリアとジャンを交互に見て、溜め息を吐く。


「よりにもよって、あの二人が森に来たのか。僕はのんびりと寝たいのに」


 トッカータ村付近は気候が穏やかで、都会のような便利さはないが、住処として悪くない。森もそうだ。グレイの住処は森の中にある。

「しかも、あんなに仲睦まじい会話をするなんて……不愉快だよ。魔術の使い手が幸せそうに異性と会話をするなんてありえないよ」

 グレイは嫉妬にまみれた言葉をブツブツと呟いて、両手をワナワナさせた。

「そうだ。これは僕に対する宣戦布告だ。あの女にその気がなくても、僕がそう判断したんだ。正々堂々と戦ってやる義理もない」

 グレイはそう自分に言い聞かせて、ほくそ笑んだ。

「あの二人には死んでもらおう。暗き祈りよ我に力を、シャドウ・ウィップ」

 グレイは容赦なく魔術を放つ。

 木の影が不自然に歪み、形を変える。そして、しなやかな黒い鞭の形となり、ダリアとジャンに襲い掛かった。

 ジャンが悲鳴をあげる。

「ダリア、逃げて!」

 ジャンの悲痛な叫びを聞いて、グレイは笑いをこらえるのに必死になった。

「いい気味だよ。二人とも死ぬといい」

 一方で、ダリアは呆れ顔になっていた。焦る気配が感じられない。

 優雅に両手を広げて呪文を呟く。

「暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」

 黒い鞭がピタリと止まる。

 グレイが動かそうと呪文を重ねても、ビクともしない。

 ダリアの声が響き渡る。


「隠れてないで、出てきてはどうかしら? 魔術の使い手がいるのは分かっておりますのよ」


 ダリアの言葉を聞いて、グレイは胸をなでおろした。

 禁忌の使い手とは言われていない。たった今グレイが行使した魔術と、禁忌の使い手が別人だと思われているのだろう。

 それに加えて、ダリアは周囲をひっきりなしに見渡している。グレイの正確な位置が分かっていないのだ。

 わざわざ姿を現す事はないだろう。

 そう判断して、グレイは魔術を消した。黒い鞭が地面に溶けるように消えていき、木の影に戻った。


「いつか仕留めてやる。僕が安心して昼寝をするために」


 グレイはそう呟いて、その場を静かに離れた。

 ダリアとジャンは不思議そうに互いに顔を見合わせた。

 ダリアは悩まし気に小首を傾げる。

「魔術の使い手は何をしたかったのかしら」

「ちょっとビックリしたけど、僕は何もせずにすんだね」

 ジャンは両腕を組んでうなった。

「でも、もう出てこないなんて期待しない方がいいと思う。あの黒い鞭は、確実に僕たちを狙っていたよ」

「そうですわね。魔術の使い手を倒すまで安心できませんわね」

 ダリアは自信に満ちた赤い瞳を光らせた。

「私のスローライフを脅かす輩には覚悟していただきませんと」

「森の探検を続けよう。でも、疲れたら遠慮なく言ってね」

「当然ですわ。私は無理をする事が嫌いですの」

 ダリアは片手を上品に口元に当てて笑った。

「魔術の使い手も、禁忌の使い手も、この手で倒してさしあげますわ」

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