面白い(?)話

 陰険、人間としてどうかしているなどと罵られているとは知らずに、グレイは黒い大鷲にまたがり、空を飛んでいた。


「やっぱり禁忌は楽しいな。早くカルマにも聞かせたいな」


 グレイは鼻歌まじりに呟いていた。いたずら心で魔術を掛けた鶏が盛大に暴れている頃だろう。

 命を弄んだり、世界の理を書き換えかねない魔術は禁忌だとされている。カルマに聞かせたいのは、その禁忌に関するものだ。

 役人たちから、カルマはトッカータ村にいると聞いている。空から探せばすぐに見つかるだろう。

 探し人はフラフラと歩いていた。

 一本道の先に家がある。村長の家だ。そこに向かっているのだろう。

 グレイはほくそ笑んだ。

「待ち伏せしよう」

 黒い大鷲を意のままに操り、村長の家の近くに降り立った。

 カルマはすぐにグレイに気づいて、弱々しく片手をあげた。

「相変わらずフードを目深にかぶるなんて、怪しい恰好をしているな。元気にしていたか?」

 いつもの威勢がない。

 グレイは首を傾げた。

「不躾な挨拶は見逃してあげるよ。君がそんなに疲弊するなんて珍しいね。狂暴な怪物でもいたの?」

「ああ、とんでもない難敵だったぜ。畑を耕すのはな」

「何を言っているの?」

 グレイが疑問を呈すると、カルマは懐かしむように明後日の方向を見た。

「畑仕事を俺はなめていた。土を掘り返して肥料をまくのが、あんなに大変な事だなんて思わなかったぜ。トッカータ村の住民はすごいな」

「そ、そうなんだ」

 カルマの話に対して曖昧に頷いて、グレイは話題を変える事にした。

「それより聞いてよ! とても面白い話があるんだ」

「なんだ? 珍しい形の大根でも取れたか?」

「畑仕事から離れてよ。ギュスターブ公爵から直々に話があったんだ」

 グレイが興奮気味に話すと、カルマは両目を見開いた。


「ギュスターブ公爵と直接話をしたのか!? どうやってあんたを見つけたんだか」


「面白半分に王都に行ったら呼ばれちゃってさ。エクストリーム王国の管理システムはすごいね。今はその話は置いておくとするよ」


 グレイは含み笑いをした。

「僕が禁忌の使い手なのも知られていてさ。趣味でいろんな動物に魔術を掛けていたのがバレていたんだ」

「おいおい、大丈夫なのか? その場で捕まらないか?」

 カルマの心配をよそに、グレイは手を叩いて笑った。

「これが傑作なんだ! おまえの禁忌をぜひ私のために使ってほしいなんて言ってきたんだ」

「マジか!? 禁忌を積極的に使わせるつもりなのか!?」

 カルマの声は裏返った。

 グレイはニヤニヤが止まらない。


「僕の禁忌を人間相手に使いたいんだってさ。もちろんフランソワ王太子には内緒で。ギュスターブ公爵は自分の部下たちを強くしたいらしいよ。今は実験台となる人間にしか試していないけどね」


「穏やかな話じゃねぇな。反乱でもしたいのか?」


 カルマが苦笑すると、グレイはカルマの首筋に手刀をいれるマネをした。

「今の言葉が他の誰かに聞かれたら、君は間違いなく殺されるよ。二度と言わないようにした方が身のためだよ」

「分かった分かった。俺も無駄に寿命を縮めたくないからな。何も聞かなかった事にするぜ」

 カルマが両手をパタパタと振ると、グレイは満足げに頷いた。


「面白い話だっただろ? すぐに忘れてくれ」


「ああ、そうするぜ。おっとダリア、ジャン、帰ってきたか!」


 カルマは、村長の家に向かって歩いてくる二人に向けて片手を振った。

 ダリアもジャンも笑顔が無い。

 カルマは首を傾げた。

「二人とも妙な雰囲気だな。どうしたんだ?」

「その怪しいフードの人物はどなたですの? 黒い大鷲だって気になりますし」

 ダリアが警戒心を露にすると、カルマは豪快に笑った。

「怪しい人物と動物だと覚えてくれ!」

「僕が名前を知られたくないのに気遣っているのは認めるけど、紹介が雑すぎるよ」

 グレイは溜め息を吐いた。

 ジャンは深々と頷いた。

「怪しい人物と動物だと覚えればいいんだね。見たままだから楽だよ」

「やっぱり名乗るよ。僕はグレイ。探している人がいるんだ」

「どんな人?」

 ジャンが両目をパチクリさせると、グレイはほくそ笑んだ。


「深紫色の魔術を使う女だ。僕の魔術と手合わせ願いたくてね」


「私の事ですわね。どうして魔術同士を比べたがるのでしょう」


 ダリアは呆れ顔になった。

 グレイは不気味に口の端を上げた。

「理由なんて無いよ。強いて言うなら僕の魔術がどこまで通用するのか試したいんだ」

「そんな理由なら他所に行きなさい。私は暇ではありませんの」

「用事があるのなら片付けておいてよ。僕だって忙しいんだ」

 グレイのわがままに、ジャンまで呆れ顔になった。


「大変なんだから手伝ってくれてもいいのに」


「聞くだけならいいよ。何があったの?」


「村に魔物が出たんだ。早く禁忌の使い手を倒さないと」


 ジャンの何気ない言葉に、カルマは吹き出し、グレイは口を半開きにした。

 ダリアは眉を顰める。

「何かご存じですの?」

「ご存じも何も、ぷぷぷハハハハハ!」

 カルマは腹を抱えて笑っていた。

 グレイは乾いた笑いを浮かべた。


「そ、そうだね。禁忌の使い手を相手にするのは大変だろうね」


 グレイは、自身が禁忌の使い手だと知られたくない。禁忌の使い手だと知っていて命を奪わない変わり者は、ギュスターブくらいだろう。仮に魔術比べに勝っても、禁忌の使い手だと確信を持たれて噂が広がれば、命がいくつあっても足りない。

 いたずら心で鶏に魔術を掛けたのが仇となった。禁忌の使い手としてより強く警戒される要因となるだろう。

 魔術比べをするとしても、場所と時間を変えた方がいいだろう。

 グレイは乾いた笑いを浮かべたまま、黒い大鷲に乗り込んだ。


「僕は君たちを応援するよ。じゃあね」


 黒い大鷲が夕暮れの空を舞う。

 ダリアは首を傾げた。

「あの人は何をしたかったのでしょう?」

「さあな! とにかく家に入ろうぜ!」

 カルマはヒーッヒーッと過呼吸になりながら笑い続けていた。

 ジャンはうなった。


「ねぇカルマ。あの人と知り合いだったのなら、一緒に帰れば良かったんじゃ?」


「いっけね、確かにそうだああぁぁあああ!」


 カルマは悲鳴をあげながら全力で走りだした。

 大慌てで黒い大鷲が飛んで行った方向に走っていったのだが、間に合わないだろう。

 ダリアはさっさと家に入った。

「カルマもグレイも関わりたくありませんけど、きっとまた何かありそうですわね。私のスローライフを邪魔されないようにするだけですわ」

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