禁忌の魔術

トッカータ村の魔物

 トッカータ村を、遥か彼方から赤い太陽が照らしだす。

 夕暮れ時になったのだ。村人たちは畑仕事に区切りをつけて、互いの働きを褒め合いながら家路を辿る。放し飼いにされた鶏が呑気に地面をつっついているが、いずれ巣に戻るだろう。

 ダリアは畑仕事を見学していただけだったが、大変そうに感じていた。

「収穫した物をまとめるのも、畑を耕すのも重労働ですわね」

「そうだね。体力を使うね」

 ダリアの隣に立つジャンが、深々と頷いた。

「畑仕事は順調に行くとは限らないのがめんどくさいけど、面白い所でもあるんだよね」

「めんどくさい事が面白いのですの?」

 ダリアが首を傾げると、ジャンは照れくさそうに後ろ髪をかいた。

「うまく言えないけど、トラブルを解決して収穫に成功すると、とても嬉しいんだ」

「何言ってんだ。何でもうまくいく方がいいに決まっているぜ」

 カルマがフラフラした足取りで歩み寄ってきた。疲れ切った表情を浮かべている。トッカータ村の畑仕事を手伝わされていたのだが、かなり苦労したようだ。

「こんなに大変な想いをするのに収穫が無かったら耐えられないだろ」

「失敗したら次にどうすればいいのか考えればいいと思うよ」

「腹が減っているのに考えるなんて頭がおかしくなるだろ。飯だ飯だ」

 カルマは村長の家に歩いていく。

 ガイは苦笑した。

「居候のくせに一番偉そうだな」

「疲れ果てるまで頑張ったんだよ。素直にごはんを作ってあげてね」

 ジャンが憐れみの視線を浮かべる。

「僕たちも帰ろうか」

「そうですわね……!」

 ダリアも家路を辿ろうとした時に、異変を感じた。

 放し飼いにされていた鶏が、黒いオーラをまとい、奇声をあげている。

「誰かが魔術を掛けましたわ」

 ダリアは冷や汗を垂らした。先ほどまで確かに普通の鶏だった。


「こんな短時間に禁忌の魔術を掛ける人間がいるのですわね」


 命を弄んだり、世界の理を書き換えかねない魔術は禁忌とされる。高度な魔術であるが、決して使ってはいけないとされている。

 黒くなった鶏が翼を広げて、ダリアに向かって突進する。

 ダリアは呪文を唱える。

「暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」

 黒い鶏が翼をバタつかせながらその場で止まる。

 ジャンが間髪入れずに聖術を放つ。

「聖なる祈りよ我に力を、ステータス・リカバリー」

 鶏が白くて柔らかな光に包まれて、黒いオーラが浄化されていく。

 鶏は元に戻り、何事もなかったかのように巣へ歩きだした。

 ジャンが溜め息を吐く。


「森だけじゃなく、村に魔物が出るなんて……」


「きっと禁忌の使い手がすぐ傍にいるのですわ。警戒を怠らないようにしましょう」


 ダリアとジャンが、真剣な面持ちで辺りを見渡す。

 しかし、それらしい人物が見当たらない。

 ガイが両腕を組んでうなる。

「すぐに対処したい気持ちだが……禁忌の使い手は隠れているのだろう。俺たちが警戒している間はすぐには出てこないだろう。全員で見張っていては、いずれ全員が疲れ果てる。それは避けなければならない」

「そうだね。僕と父さんで代わりばんこに見回りをしよう」

 ジャンが頷く。

 そんな時に、村の若い男たちが集まっていた。


「見回りならやらせてくれ!」


「村長たちはいざという時に動けるように、体力を温存しておいて」


 自ら自警団を志願しているのだ。

 ジャンはためらった。

「相手は禁忌を使うんだ。とても危ないんだよ」

「分かっている。危ないからこそ、村長たちはいざという時に確実に動いてほしいんだ。トッカータ村を守りたいのはみんな一緒だ」

 若い男たちの目は真剣だ。

 ガイは頷いた。

「見回りが二人では限度がある。おまえたちにもお願いする」

「よし来た! 絶対に村を守り抜くんだ!」

 若い男たちは気合いをいれる。

 見回りの順番を決めて、順番が回るまでは体力を温存する。

 ジャンは安堵の溜め息を吐いた。

「心強いなぁ」

「私も何かできると良いのですけどね」

 ダリアが悩まし気に溜め息を吐くと、ジャンは首を横に振った。

「ダリアは無理しないで。相手はきっと凶悪だから。たぶん森で魔物が増えた原因を作った人物だと思う」

「自分から出てこないなんて陰険極まりないですわね。さすがは禁忌の使い手という所ですわ」

 ダリアが皮肉を口にすると、ジャンは何度も頷いた。

「人間としてどうかしていると思うよ。無害な動物を凶暴な魔物に変えるなんて」

「おまえたちはまずは休め。特にジャンは、禁忌の使い手と戦闘になる可能性がある」

 ガイが口を挟んだ。

 ジャンは緊張した面持ちで固唾を呑んだ。すぐに返事ができないほど、恐れているのだろう。

 そんなジャンに、ダリアは微笑みかける。


「私も一緒に戦いますわ」


「トッカータ村を守るために、巻き込んでいいの?」


 ジャンが両目を見開くと、ダリアは上品に片手を口元に置いた。

「嫌ですわ、私だけ仲間はずれなんて。私もトッカータ村の住民だと名乗らせてほしいですわ」

「ありがとう、とても頼もしいよ。でも、本当に無理をしないでね」

 ジャンの声は震えていた。

 ダリアはクスクス笑う。

「お互い様でしょう。さあ、今は休みましょう」

「そうだね、トッカータ村を絶対に守るんだ!」

 ジャンは意気揚々と家路を辿る。そのあとを、ダリアは微笑みながら歩くのだった。

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