村長の責任
ガイは椅子に腰かけて、天井に向けて溜め息を吐いた。村人の畑仕事でトラブルが起こっていないのかチェックして回るのは体力を削る。トラブルが起これば対処するのも大変だ。
村長として責任を果たすのは並大抵の事ではない。
「こんなに小さな村の維持だって大変なんだ。王国の維持なんてみんな耐えられないほど働いているんだろうな」
遥か彼方にあるはずの王都に想いを馳せる。
昔、ガイも一度だけ足を踏み入れた事がある。王都を囲う頑丈な防壁や、王城を始めとする立派な建物に、信じられないような人だかりなど、それら全てに圧倒された。
「冒険者あがりの俺の居場所じゃないとも感じたな」
ガイは苦笑した。
王都で行きかう人々は小綺麗な服を着ていて、どことなく上品に感じた。物価が高いのに暮らしていける特権がある。
しかし、トッカータ村の村長としての生活も悪くない。
「ジャンに出会えたしな」
自分を父親だと慕う無邪気な銀髪の少年の笑顔を思い浮かべる。
「本当は血のつながりなんて無いんだけどな」
ガイの表情が曇る。
銀髪の少年ジャンは、自分の子供ではない。冒険者だった頃に世話になった、貴族の娘から預かった子供だ。
私は長くない、この子だけは。
そう言って、村人たちの手当ても虚しく娘は絶命した。ひどい怪我を負っていたのを覚えている。我が子を守るために必死だったのだろう。
ガイは両目を閉じる。
「寝よう」
辛気臭い気持ちになったら寝るに限る。
休憩が終われば畑仕事が再開される。チェックして回るために、体力も気力も回復させる必要がある。
ガイは椅子から立ち上がった。
そんな時に、家のドアが乱暴に開け放たれた。
「邪魔するぜ!」
赤髪の男がずかずかと入ってきた。大剣を背負う筋肉質の男で、一見すると陽気な雰囲気をまとっている。
しかしガイは、赤髪の男の虎視眈々と獲物を狙う目を見逃さなかった。
「邪魔をするのなら帰ってくれ」
ガイは警戒心を隠さずに、赤髪の男を睨む。
赤髪の男は両手をパタパタと振る。
「そんなに警戒しないでくれよ。ちょっと尋ねたい事があるだけなんだ」
「名乗りもせずに武器を持ち込んでくるような人間と話すつもりはない」
ガイは警戒を解かない。
日頃なら、自分から名乗らないのを見過ごす。大事なのはその人物の用件だと思うからだ。
しかし、目の前の男に気を許してはならないと、ガイは直感した。
「お引き取り願う」
「名乗らなかったのは悪かったな。俺はカルマ、よろしくな! 大剣はトレードマークなんだ」
赤髪の男カルマは片手をあげて、笑顔を見せる。
ガイは溜め息を吐いた。
「よろしくされるつもりはない」
「そんなに固い事を言わないでくれよ。この村に新しい住民がいるんだろ? ちょっと話を聞きたいんだ」
ガイは眉をひそめた。
新しい住民とは、ダリアの事で間違いないだろう。エクストリーム王国の王太子の婚約者だが、ダリア自身に王国に戻るつもりはなさそうだ。
エクストリーム王国からの追手かもしれない。
ガイはそう判断して、とぼける事にした。
「さて、何の事だ?」
「村人が言っていたぜ。深紫色の髪を生やす女の子で、強くて美人だって」
カルマは確信したように言っていた。
ガイは片手を顎に当てた。
「村人がそんな事を言っていたのか」
カルマは思いのほか情報を集めている。下手に誤魔化そうとするとかえって情報を読み取られるかもしれない。
ガイは溜め息を吐いた。
「ああ、なるほどな。だが、俺がその子について答えるつもりはない」
「じゃあ、あんたの息子のジャンがどこにいるのか教えてくれよ。興味があるんだ」
ダリアとジャンは山菜採りに行っている。同じような場所にいるはずだろう。
ガイは後ろ頭をかく。
「さあ、どこにいるのかな。俺の知らないうちにいろんな場所に行くからな」
「父さん、見て見て! ダリアのおかげで山菜がいっぱい採れたよ!」
家中に少年の声が響く。
山菜が山盛りになったカゴを背負うジャンがいた。
ドアから得意げに歩いてくる。
「ダリアが頑張ったんだ! これで僕たちの食べ物はしばらく大丈夫だと思うよ」
「ダリアってすげぇな!」
カルマが両手を広げて、わざとらしく歓声を上げる。
ジャンは、はにかんだ。
「もうすぐ戻ってくると思うからお話してみれば? とても素敵な人だよ!」
「いや、こっちから出迎えに行くぜ。それじゃあ村長、またな」
カルマは片手を振って村長の家を出る。
ジャンは首を傾げた。
「ダリアの知り合いかな?」
「ジャン、おまえ……余計な事をしてくれたな」
ガイは両肩をワナワナと震わせた。
ダリアが新しい住民だと、カルマが確信したのは間違いない。
ジャンは何の事か分からず、両目をパチクリさせる。
「どうしたの?」
「エクストリーム王国からの追手だったかもしれないのに」
「ええー!? すぐに止めないと!」
ジャンは慌てて走り出す。カゴから山菜がこぼれても気にしていない。
ガイも追いかけるのだった。
「また一大事になりそうだな!」
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