二人の勝負
トッカータ村の遥か彼方から、太陽の光が降り注ぐ。朝が来たのだ。
ダリアは起き上がって背筋を伸ばした。
エクストリーム王国にいた頃のベッドに比べて簡素なベッドだったが、ぐっすりと眠る事ができた。
「ジャンのおかげですわね」
ダリアは溜め息を吐いた。
森で出会ってから何かと気を配ってくれる可愛らしい少年に、何かお礼をしたいと思った。
しかし、お礼として渡せるものがない。
「ジャンが喜ぶ顔を見たいのですけどね」
ダリアは自嘲気味に笑った。
ふと、ドアがノックされる。
「おはようダリア! 入っていい?」
ジャンの元気な声が聞こえた。
ダリアの顔に笑みがこぼれる。
「どうぞ」
「じゃあ入るね!」
ドアが勢いよく開け放たれると、ジャンが飛び出してきた。
「見て見て! 村人がダリアのために服を用意したんだ! 気に入ってくれるといいのだけど」
ジャンが、たたまれた服を何着か両手で抱えていた。勢いそのままにテーブルに置く。
ダリアは両目をパチクリさせる。
「いつの間に用意しましたの?」
「こっそりとダリアを見ていた村人が作っていたらしいよ」
「あら、素晴らしい技術をお持ちの方がいるのね」
ダリアは両目を見開き、心底驚いていた。
エクストリーム王国なら、服を作る資源は溢れている。しかし、トッカータ村は条件がだいぶ異なるはずだ。
ジャンは胸を張った。
「トッカータ村の人はすごいんだよ! あまり知られていないだけで、みんな頑張っているんだ」
「恥ずかしながら全く存じ上げませんでしたわ」
ダリアは素直に自分の無知を認めた。世の中は広いと感じていた。
ジャンが両手をパタパタと振る。
「ダリアが知らないのは仕方ないよ。僕だって王国にどんな人がいるのかよく分からないし、知っている事をお互いに教え合えばいいと思うよ」
「エクストリーム王国の事なら少しはお話できますわ」
ダリアが微笑むと、ジャンは両目を輝かせて歓声をあげた。
「聞かせてよ! すごく面白そう!」
「大した話ではありませんわ。一年中花々が咲き誇る中庭がありますの」
「すごいなぁ。綺麗な場所なんだろうなぁ。きっと花も喜んでいるよ」
ジャンは夢見がちに両手を合わせて、天井を見上げた。
「僕には雲の上の話だけど、ダリアに似合う場所だろうなぁ」
「お気に入りでしたわ。そこで頂く紅茶がとても美味しいのです」
「いいなぁ! 紅茶は手に入れるのも美味しく淹れるのも難しいみたいだから、羨ましいよ」
ジャンの素直な言葉に、ダリアの笑顔が綻んだ。
「本当に恵まれていましたわ」
この幸せはずっと続くと思っていた。
ロベールに刺されるまでは。
ダリアは一瞬沈黙した。
ロベールとは、いつまでも一緒に幸せな時間を刻むものだと思っていた。大嫌いだったという言葉と、裏切りは辛かった。
しかし、ジャンに辛さを分ける事はないだろう。
ダリアは、沈みそうな心を無理やり奮い立たせた。
痛みや悲しみを微笑みで押し隠す。
「さあ、お着替えをしたいですわ」
「そうだね。一日中寝間着というわけにはいかないからね」
夢見がちだったジャンの表情が、真剣なものになる。
「いろいろ用意してくれたよ。作業に向く服からオシャレな服まであるんだ。好きなように着てみてね」
そう言って、ジャンはドアまで歩く。
「着替え終わったら出てきてね。朝ご飯を一緒に食べよう!」
そう言って、ドアをゆっくりと閉めた。
ダリアはしばらく考えた。
全体的に明るい色が多い。ダリアのイメージや好みの色を考えているのだろう。
「でも、たまにはこんな服装が良いですわ」
長袖の白い上着に、焦げ茶色のズボンに着替えた。ドレスに比べて恐ろしく脱ぎ着がやりやすい。上着もズボンも伸縮性があり、動きやすい。
「ドレスほど豪華ではありませんけど、快適で良いですわ」
軽やかな足取りで部屋を出る。
すると、何故かジャンが大歓声をあげて、ガイが悲鳴をあげた。
「ヤッター! 僕の予想通りだ!」
「畜生、きっとスカートを履くと思ったのに!」
二人は、ダリアが何を着るのか予想していたらしい。
ジャンは飛び跳ねて、ガイはこの世の終わりを見るかのように絶望して床に両手と両膝をついていた。
ダリアは苦笑する。
「そんなに大事だったのかしら?」
「大事だよ! どっちがダリアの事を少しは理解しているか勝負していたんだ。見事に僕の勝利だ!」
ジャンが両手を腰に当てる。大笑いが響き渡る。おそらく家の外にも響いているだろう。
ガイはうめきながら、ヨロヨロと立ち上がる。
「まあいい。次の勝負だ。どっちの作った料理が美味しいか競うぞ」
「待って! それはアンフェアだ。日頃から料理をする方が有利に決まっているよ!」
「うるさい! 一度負けたからには絶対に勝てる試合に持ち込むのが俺の流儀だ!」
「大人げないなぁ」
ジャンが両頬を膨らませると、ガイは勝ち誇った笑みを浮かべてふんぞった。
「勝負の前に大人も子供もない!」
「せっかくなのですが、お腹が空いておりませんの。料理を作るのならお二人で食べてください」
ダリアが口を挟むと、ジャンはほくそ笑んだ。
「どうやら料理勝負は回避できたね」
「畜生、今に見てろ!」
ガイが地団駄を踏む。
真剣な二人がおかしくて、ダリアは思わず笑ってしまう。
「お二人のお気持ちが嬉しいですわ。でも、私は少しでもこの村のためになる事をやりたいのです」
「僕たちこそダリアにお礼をしたいのに……でも、ダリアの願いを叶えるのがお礼になるのかなぁ」
ジャンが両腕を組んで考え込むと、ダリアはクスクスと笑った。
「この村でやれる事をやりたいですわ。私に出来る事はありますの?」
「そうだね。せっかく動きやすい服を着ているから山菜採りとかどうかな。魔物が出ても僕の聖術で何とかなりそうだし」
ジャンの提案に、ダリアは頷いた。
「やってみたいですわ」
「じゃあ決定だ! 行ってきまーす」
言うが早いか、ジャンはどんどん歩く。
ダリアも微笑みながら、ジャンについていくのだった。
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