寝る支度

 ダリアが村長の家に着くと、ジャンとガイが荷物を持って走り回っていた。

「急がないと朝になっちゃうよ!」

「分かっているぞ!」

 ジャンとガイは必死だった。ダリアがいる事に気づいていないようだった。

 一つの部屋を空にしようと頑張っているようだ。ダリアが寝る部屋を作ろうとしているのだろう。

 ジャンとガイは慌てていた。

「物置きがいっぱいになってきたし、どうしよう!?」

「日頃ちゃんと片付けていないからだ! おまえが外で寝ろ!」

 無茶苦茶な会話を耳にして、ダリアは思わずクスクス笑った。

 その笑い声に気づいて、ジャンとガイが同時に振り向いた。

「ダリア、おかえり!」

「参ったな。ろくに片付いていないぞ」

 ジャンは笑顔を、ガイは神妙な表情を浮かべていた。

 ダリアは優雅に微笑む。

「多少の事ならよろしくてよ。もともと森で寝泊まりするつもりでした」

「ダリアは美人で心が広くて、天使様みたいだ!」

 ジャンが両手を広げて歓待を示した。


「ダリアにふさわしい家じゃないかもしれないけど、精いっぱい綺麗にしたんだ。良かったら部屋を見てよ!」


「それではお言葉に甘えますわ」


 ダリアは自然な笑顔をほころばせながら、ジャンに手招きされるままに歩いた。

 さっぱりした部屋だった。椅子とテーブルと、簡易なベッドしかない。

 テーブルの上に置かれたランタンが、ほのかに部屋を照らしている。ランタンの傍に寝間着がたたまれていた。

 壁は所々に染みがあるが、掃除をされた跡がある。雰囲気は悪くない。

 ジャンは後ろ髪をかいた。

「本当は女性が喜ぶような小物を用意したかったんだけどね。ちょっと殺風景かな」

「構いませんわ。落ち着いて眠れそうです。あなたたちの労力に感謝しますわ」

 ダリアが素直にお礼を口にすると、ジャンの笑顔が輝いた。

「良かった! ゆっくり休んでよ。僕にできる事は何でもやらせてね」

「そうしますわ。それではおやすみなさい」

 ジャンが片手を振りながらドアを閉める。ダリアは、ジャンが見えなくなるまで片手を振った。

 ジャンが完全にドアを閉めたところで、ダリアは寝間着に触れる。さわり心地が格別に良いという事はないが、新品だろう。トッカータ村としては精いっぱいの良品を用意したのだ。


「何から何まで気が利きますわね。ロベールみたいですわ」


 ダリアは、自分が発した言葉で胸が痛くなった。

 ロベールは顔も性格も良い召使いだった。彼に刺された傷は、死に戻り後に消えている。

 しかし、胸の内にぽっかり空いた穴まで埋める事はできない。

「死に戻りも、ロベールとの関係をやり直したくて行ったものですのに」

 そこまで呟いて、ダリアは首を横に振った。

 今の生活に不満は少ない。エクストリーム王国にいた頃より間違いなく幸福だ。ジャンもガイも、トッカータ村の人たちもみんな好きだ。

「今度こそ刺されないようにしますわ」

 ダリアは決意を新たにして、寝間着に着替える事にした。

 しかし、思いのほか苦戦した。腕を袖から外したところで、どうすればいいのか分からない。ドレスを一人で脱ぎ着した事がないのだ。いつも侍女たちの手を借りていた。


「どなたか着替えを手伝ってくださる!?」


 王国にいた時と同じように呼びかけた後で、しまったと思った。


 村長の家にはジャンとガイしかいない。そもそもドレスの着替え方など知らないだろう。

 二人とも手伝うなんてできないはずだ。

 それなのに、慌ただしい足音が聞こえた。

「入っていい!?」

 ドアの向こうで、ジャンの声が響いた。

「ちょっとお待ちになって!」

 今のダリアのドレスは、腕の部分がぶらんぶらんになっている。変な恰好だ。急いで腕を袖に通そうとするが、焦るとうまくできない。

 焦っている間に、ジャンがドアを開けた。

「ちょっと待ったから入るね! ダリア、その恰好はどうしたの!?」

「これは……」

 ジャンが両目を見開き、ダリアは戸惑った。腕の部分がぶらんぶらんのドレスはカッコ悪い。


「着替えに失敗しましたの」


 誤魔化しようがないと考えて正直に答える。

 ダリアは赤面していた。

 笑われると思った。

 しかし、ジャンは真剣に頷いていた。


「そうだよね、一人で着替えるのは大変な服装だよね。気づかなくてごめん」


「いえ、一人で脱ぎ着ができない服装をしているのが良くなかったのですわ」


 日頃の贅沢のしっぺ返しだろう。

 しかし、ジャンは首を横に振る。

「そんな事はないよ! ダリアはお姫様なんだから」

 ジャンが力強く言ってくれる。ダリアにとって頼もしい。


「ありがとう。もっといろんな事ができるようになりたいですわ」


「少しずつでいいと思うよ。着替えは……どうしよう。女の人を呼んだ方がいいよね?」


「構いませんわ。着替えるだけならよろしくてよ」


 いたずら心でロベールに着替えを手伝わせる事はあった。彼の照れた顔は面白かった。

 今はジャンに真面目に手伝ってほしい。

 ジャンはあたふたとしていた。

「ぼ、僕でいいの!?」

「お願いしますわ。袖を引っ張ってくださる?」

 ドレスは存外に重い。一人で持ち上げるのは困難だ。かといって、腰から下に降ろすとしわができやすい。

 ジャンは赤面したが、意を決したようにドレスの袖をつかんだ。

「目を閉じて引っ張るからいい所でストップと言ってね」

「分かりましたわ」

 ジャンは目を閉じて引っ張る。ドレスは少しずつ持ち上がり、ダリア自身、ドレスの腰の部分を持ち上げる事ができるようになった。

「ストップ」

「手を放すね。着替え終えたら目を開けるから、なんか言ってね」

 ジャンは赤面したまま固く目を閉じていた。

 真剣に頑張る姿がほほえましい。

 面白がるのは気の毒だろう。

 ダリアはいそいでドレスをテーブルに広げて、寝間着に着替えた。

「目を開けてよろしくてよ」

「良かった! じゃあ今度こそおやすみ!」

 ジャンは足早に部屋を出て、ドアをしっかりと閉めて行った。

 ダリアは心置きなくベッドに横になるのだった。

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