心に誓う

 役人たちが見えなくなるのを確認して、ジャンの笑顔がほころんだ。万歳してピョンピョン跳びはねている。

「すごいよ、ダリア! あいつらが何もせずに帰るなんて」

「当然の主張をしただけですわ。私のスローライフを邪魔するのなら容赦いたしません」

 ダリアは優雅に微笑んでいた。

「ギュスターブ公爵の名を騙った事も重罪でしたわ」

「ギュスなんとかさんの事はよく分からないけど、役人たちが嘘をついているなんてよく分かったね」

「私のよく知る人物ですの。フロンティア家の当主ですわ。彼の野心はエクストリーム王国に向けられています。こんなへんぴな村にこだわりを持つなんてありえませんわ」

 ダリアの言葉に、ガイは苦笑した。

「へんぴな村で悪かったな」

「醜い権力争いをせずにすみますの。悪い事ではありませんわ」

「権力から程遠いという事だが……まあいい」

 ガイは自分の両膝と頭の土を払った。

「役人たちを追い払ってくれた事に心から感謝する。いつも畑を荒らされたり、家畜を殺されたりしたからな。今回は本当に良かった」

「あなたも立派でしたわ。守りたいもののために、あれほど屈辱的な事をなさるなんて」

「ありがとう。役人たちに通用しなかったが、ダリアに褒められると報われる」

 ガイは豪快に笑った。


「さあ、今日も畑仕事を手伝おう!」


「村長、ジャン、そして美人さんありがとう!」


 急に割れんばかりの歓声が聞こえた。村人たちが集まってきていた。みんな笑顔を浮かべている。おじいさんやおばあさんだけでなく、若い男女や子供もいた。

 ジャンが両手を振って歓声に応える。

「僕は何もしていないよ! 父さんとダリアに感謝して!」

「美人さんはダリアというのか。素晴らしいおなごじゃ」

 杖つきのおじいさんが深々と頷いていた。

 小さな子供がダリアの傍に走りこんでくる。

「カッコ良かったよ!」

「あらあら、ありがとう」

 ダリアは子供の頭を撫でた。子供は、はにかんだ笑みを浮かべていた。

 ガイは両手をパンッと叩いた。


「せっかくだ。食事会にしよう。主賓はもちろんダリアだ!」


 大喝采があがった。

 瞬く間に、大きな長方形の木のテーブルや、野菜や果物の盛られた皿が用意された。木のコップやジュースも手際よく用意された。人通りが慌ただしくなるが、活気に満ちて、みんな楽しそうであった。

 ダリアはクスクス笑った。

「たった一回の食事会で、こんなに食べ物を振る舞って大丈夫ですの? いつかまた税を掛けられるでしょうに」

「心配はいらないぞ。つい最近に支払ったばかりだ。違法なやり取りがなければしばらく来ないはずだ」

 ガイが得意げにふんぞった。

 その隣でジャンもふんぞった。ガイの真似をしているのだろう。

「ダリアがいれば、きっと大丈夫だよ」

「随分と高く評価してくださいますのね」

 ダリアは穏やかに微笑んだ。

 ジャンの雰囲気はロベールと似ている。しかし、ロベールよりずっと無邪気で気兼ねなくダリアと接してくれる。ジャンの笑顔を奪わないようにしたいものだ。


「私の死に戻りはある意味で成功ですわね」


 青空に向けて、誰にも聞こえない声で呟く。ロベールが傍にいないが、死に戻り先でかけがえのないものを得られた。傷ついた心が癒えるのは時間の問題だろう。

 今度こそ最愛の人の笑顔を守る。

 ダリアはそう心に誓った。

 そんなダリアの両手をジャンが引っ張る。

「食事を楽しもうよ! ジュースだって美味しいからちゃんと飲んでね!」

「堪能させてもらいますわ。コップはあなたと同じものでよろしくてよ」

「え、そそそそれは間接キスに!?」

 ジャンの顔が耳まで真っ赤になる。

 ガイが鼻で笑う。

「冗談に決まっているだろ」

「そ、そんなの、わわわ分かっているよ!」

 ジャンは顔が真っ赤のままズンズンと歩き出す。

「僕は先に食べてるけど、ダリアも自由にしてね。父さんはそこらへんの草でも食べればいいと思うよ」

「おい、俺は牛か何かか!?」

 ガイが両目を丸くする。

 ダリアは二人のやり取りがおかしくて、思わず笑みがこぼれていた。

「私のスローライフは誰にも邪魔させませんわ」

 ダリアは独り言を呟いて、微笑むのだった。

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