役人の要求、ヤバい女
家の前に立つガイは、真剣な面持ちであった。両の拳を固く握り、深呼吸を繰り返す。落ち着こうとするが嫌でも緊張してしまう。
重税を取り立てるために、役人がやってくる。受け答えを間違えれば、トッカータ村を襲撃する口実を与えてしまう。村長として避けなければならない。
馬蹄の音が気のせいだったらどんなに良かったか。しかし、現実はやってくる。
馬に乗った複数人の男がニヤついている。自分たちの優位を確信しているのだ。人相はまちまちであるが、いずれも下卑た笑いを隠せていない。彼らが役人であり、トッカータ村で好き放題やってきた。これからも何をしてくるのか分からない。
「ガイ村長、暮らしはいかがかな?」
馬に乗ったまま、先頭にいる大柄な男が声をかけてきた。
ガイは恭しく一礼した。
「ボチボチ暮らしている」
「そうかそうか、それは良かった。相変わらず敬語一つ使えないんだな。親の教養が知れているな!」
役人たちが大笑いする。
おまえの言葉も大概だ、という言葉をガイは飲み込んだ。
「村人はみんな節約して暮らしている」
「節約なんてたかが知れている。約束の人手は用意したか?」
約束だと?
そう言いかけて、ガイは眉をひそめた。無茶な課税をかけておいて、払えなければ若い人手をもらっていくと一方的に言っていた。
約束なんてした覚えはない。
しかし、感情のままに言葉を発したら村は壊滅させられるだろう。
言葉を慎重に選ぶ。
「あいにくこの場にいない。他をあたってくれ」
「ほう? 俺たちに逆らうのか?」
「逆らうわけではない。本当に若い人手がいないだけだ」
「聞いたか!? 一週間前には確かにいたよな!」
他の役人たちが頷く。
「隠している!」
「反逆だ!」
役人たちが騒ぐのに応じて、馬たちもいななく。空気が淀む。
ガイは逡巡した。今すぐに怒鳴りたい。しかし、それこそ反逆罪とされるだろう。
村を守りたい。
ガイはその一心で、地面に両膝と頭をついた。
「本当にいないんだ。聞き分けてほしい」
「ダメだ! まずは見せしめにこいつの家を差し押さえよう!」
先頭にいる役人が高らかに宣言する。
「こいつは反逆の首謀者として鎖につなぐぞ!」
「やめてよ、そんな酷い事をしないで!」
ジャンが家から飛び出していた。窓から様子を伺っていたのだが、見ていられなくなったのだ。
「僕たちに反逆の意思は無いよ。税なら時間が掛かっても払うから! 頑張るから待ってよ!」
ジャンは両手を組んで半泣きになっていた。
そんなジャンに、下びた笑いが向けられる。
「おい、よく見れば上玉だな」
「こいつを連れて帰ろう」
不穏な会話を聞いて、ガイは慌てて顔を上げた。
「待ってくれ! その子に手を出さないでくれ!」
「命令するのか? いいご身分だな」
役人たちが剣を抜き放つ。
「ギュスターブ公爵から命令を受けた俺たちに逆らうなんて、命知らずだな。この村ごと取り押さえだ!」
「ギュスターブ公爵がそんな命令をなさるはずがありませんわ。大それた虚言は慎んだ方がよろしくてよ」
上品な声が響いた。ダリアが家から出てきていた。
それまでの淀んだ空気を一蹴するかのような、清々しい美声だ。
「訂正なさるのら、今のうちですわ。早々に立ち去りなさい」
赤いドレスと深紫色の長髪が風に煽られ、勝ち気な赤い瞳は自信に満ちている。
役人たちのこめかみに青筋が浮かぶ。
「てめぇは何だ? 死にたいのか?」
「そのセリフはそっくりお返ししますわ。まさかギュスターブ公爵の名を騙るなんて」
「な、何を言いたいのか分からないが……上玉だな。さっきの小僧と共に連れて行こう!」
役人たちが雄叫びをあげる。
ジャンは悲鳴をあげた。
「逃げて!」
ジャンがダリアの前で両手を広げる。ガイも立ち上がってジャンの横に並んで、同じように両手を広げる。ダリアを庇おうとしているのだ。
しかし、ダリアは鼻で笑っていた。
「ご心配には及びませんわ」
ダリアは両手を優雅に広げた。
「暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」
役人たちの動きが、馬ごとピタリと止まった。
ダリアの魔術が効いたのだ。
「な、なんだこれ。何なんだ、答えろ!」
役人たちはもがき、馬が足をばたつかせるが、壁に閉じ込められたかのように動けない。
ダリアは嘲笑していた。
「教えてあげると思いますの?」
「クソが、どうなってる!?」
役人の悪態を聞きながら、ダリアは残忍な笑みを浮かべた。
「命が惜しいのなら、早々に立ち去ると誓いなさい」
「な、なんで俺たちが命令される!?」
「身分にこだわりがあるのは結構ですけど、時と場を弁えるべきですわ」
ダリアの瞳が鋭く光る。
「私のスローライフを邪魔するのならお覚悟を」
「この女はヤバい! 分かった、今回は何も取らずに帰る。見逃してくれ!」
「無茶な課税をやめるとも言いなさい」
「やめるやめるやめる! 普通に野菜や果物を献上すればいい。これでいいだろ!?」
役人たちが涙と鼻水を垂らしながら懇願している。
ダリアは溜め息を吐いて魔術を解いた。
「口調に不満はありますけど、機嫌が良いので特別に見逃してあげますわ。ジャンとガイに感謝なさい」
ダリアの言葉を聞いているのかいないのか。
役人たちは悲鳴をあげてトッカータ村から馬で走り去っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます