至高の令嬢、傾国の魔女
それはダリアに対する敬称だ。同時に、ダリアは陰で傾国の魔女と呼ばれていた。
名乗るのは慎重になるべきであった。死に戻った後の自分自身の立場を確認するべきであった。
ダリアは自分の迂闊さを呪った。ジャンかガイがエクストリーム王国の誰かに通報すれば、エクストリーム王国の人間が捕まえに来るだろう。早くもスローライフが終わるかもしれない。
ダリアは何も言えずに冷や汗をかいた。
ジャンは呆けていて、ガイはボリボリと頭をかいていた。気まずい雰囲気が流れる。
しかし、ジャンが吹き出したおかげでそんな雰囲気はすぐにほぐれた。
「黙っちゃって、みんなおかしいなぁ」
ジャンは腹を抱えてケタケタと笑い出した。
「
「……そんな事はありませんわ」
ダリアは言葉を絞り出した。
嘘をつく事も考えた。しかし、この二人を騙したくない。
迷惑を掛けるのなら出て行くつもりだ。
「陰では傾国の魔女と呼ばれておりましたの」
「けいこくのまじょ?」
ジャンは両目をパチクリさせた。意味を分かっていないようだ。
ガイが口を開く。
「国を傾ける魔女という意味だ。国を滅ぼす悪い女と言い換えられる」
「そんなのひどいよ! 国はみんなで支えるものだよね!?」
ジャンが声を荒立てた。
ガイは深々と頷く。
「たった一人の女性のせいにしてはいけない」
「いえ、私の行いは悪しきものでしたわ。人々を苦しめていたのに、私自身は贅沢を続けたのですから」
ダリアは正直に答えた。
「王太子の婚約者の責任は重いのです」
「そこまで背追い込まなくても良いだろう。元気になるためにも、まずは食べなさい」
ガイがダリアに皿を近づける。柑橘系の果物の香りが鼻腔をくすぐる。
その果物をジャンが食べた。
「誰も手をつけないと食べづらいなら、僕が食べてあげる。美味しいよ」
「食ってから言うな! ダリアに食べさせたかったのに」
ガイが憤慨するが、ジャンが悪びれる様子はない。
ダリアに向けて微笑む。
「とにかく食べようよ。嫌いなものがあったら言ってね」
「嫌いな食べ物はありませんわ。それより、見ず知らずの私にどうしてここまで良くしてくださるのかしら?」
「今さら!?」
ダリアの純粋な疑問を、ジャンは笑い飛ばす。
「悪い人じゃないと思ったからだよ。いつもこんなに食べ物が用意できるわけじゃないけどね。ダリアの魔術はすごかったし、もっとお話ができたらいいなと思ったんだ」
「魔術を使ったのか!?」
ガイの両目を見開いた。声が裏返っている。
「大陸広しといえど、使い手はかなり限られる。魔術は聖術に並ぶ偉大な力だ!」
「そういえばダリアは、僕の聖術について聞きたかったんだよね。父さん、教えてあげてよ」
ジャンがせがむと、ガイは唸った。
「俺もそこまで詳しくないはないが……聖術は聖宝石クリーン・ダイヤの聖なる力を借りて行うものだ。癒やしの力を得られると言われている」
「それで? それで!?」
ジャンが身を乗り出して続きを促す。
ガイは視線を逸らした。
「俺が知っている事は以上だ」
「私の方が詳しいくらいですわね。でも、私の疑問に答えようとしてくださった事に感謝しますわ」
ダリアがクスクスと笑うと、ジャンは両目を輝かせる。
「やっぱり笑った顔は素敵だなぁ」
「そのように褒められると悪い気はしませんわ」
ダリアの目つきが穏やかになる。
ジャンは万歳をした。
「ヤッター、褒められた!」
「俺だって褒められたぞ!」
ガイがふんぞると、ジャンも負けじとふんぞる。
「父さんにはお世辞を言っただけだよ。僕は本心から褒められたよ」
「な、ななな何を言う!?」
「とにかくダリアの話も聞こうよ。ダリアが知っている事を僕も知りたいな」
分かりやすく動揺するガイをなだめて、ジャンはダリアを見つめた。
ダリアはクスクス笑いながら話し出す。
「この世界には魔術と聖術という特殊な能力が存在しますわ。魔術は魔宝石ダーク・ダイヤ、聖術は聖宝石クリーン・ダイヤの力を借りるものです。ここまではよろしくて?」
二人が頷くのを確認して、ダリアは続きを話す。
「どちらの力も、限られた人間しか使えませんわ。どんな人間が使えるのかは、基本的には血筋の濃さで決まるらしいと聞いた事があります」
「血筋の濃さ?」
ジャンが首を傾げる。
可愛らしい仕草に、ダリアは思わずフフッと軽く笑ってしまった。
「生まれつきで決まるという事ですわ。私も魔術を高く評価されて、エクストリーム王国のフランソワ王太子の婚約者として招かれましたの」
「ダリアの魔術ってすごいんだ!」
ジャンが無邪気に驚く。
ダリアは自重気味に笑う。
「婚約は破棄されましたけどね」
「あれ、そうだっけ? エクストリーム王国の人たちが一生懸命に探していると聞いたけど」
ジャンが両目をパチクリさせた。
「きっと罪人としてですわ」
ダリアはまぶたを伏せた。
「日頃の行いは大事ですわね」
「俺は婚約破棄なんて聞いていないが……いろいろ込み入った事情がありそうだな。とりあえず食おう。腹が減った」
ガイが果物を口に入れると、ジャンが指差した。
「父さんったらダリアより先に食べてる!」
「おまえの方が先に食べただろ! ダリア、俺たちはこんなんだから気にするな。気が向いたら王国に帰るといい」
ダリアは食事を促された。二人とも、ダリアの居場所をエクストリーム王国の人間に通報する気はないようだ。
安堵の溜め息が出る。
ダリアは果物を口にする。
甘酸っぱい香りが口の中に広がり、傷ついた心をいくらか癒した。
「美味しいですわ。本当にありがとう」
ダリアが素直に御礼を言うと、ガイは満足そうに頷いた。
「喜んでもらえて良かった。あまりこの村は長くないかもしれないが、精いっぱいもてなそう」
ガイの言葉に、ダリアは疑問を隠せなかった。
「長くないとは、どういう事ですの?」
若い人はこの村を出た方がいい、という村人の発言も気になっていた。
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