村長の家

 しばらく歩くと、木造の一軒家にたどり着いた。看板に村長の家と書かれている。

「ジャン、いるかしら?」

 ダリアがドアをノックすると、勢いよく内側にドアが開かれた。

 ジャンが顔を出す。輝く笑顔を浮かべていた。


「パーティーにしよう!」


「コラッ客人を期待させるな。パーティーなんてたいそうなものではないぞ」


 家の奥から野太い声が聞こえた。黒い髪と無精ひげを生やす中年の男がいた。村長だろう。木製のテーブルに皿を乗せていた。

 皿には新鮮な野菜や果物が並べられている。料理らしい料理はないが、色鮮やかであった。

 ジャンは唇を尖らせる。


「立派なパーティーだよ。普段こんなに食べれないよ」


「客人の前で不満を言うな。いつまでも客人を立たせてないで家に入れろ」


「はーい!」


 ジャンは元気に返事をして、ダリアの右手を引っ張る。

 ダリアは一番奥の席に座らされた。木の椅子はギッギッと音を立てる。使い古されているのだろうが、大切に扱われているのだろう。

 ダリアは家の中を見渡す。

 王城の広間ほどではないがゆったりとした空間だ。木の匂いが鼻をくすぐる。小窓から差し込む光は、王城のシャンデリアとは違った美しさがある。

「悪くありませんわね」

「そう言ってもらえますと、いや、まして? とても嬉しい思ってます、いや、思います?」

 村長がしどろもどろになると、ダリアは片手を口元に当てて上品に笑った。

「慣れない敬語なら使わない方が良いですわ。聞き取りづらいですし、普段通りの口調で構いませんわ」

 もう貴族に戻るつもりはないし。

 そう思ったダリアの胸がズキンと痛んだ。

 権力や家柄を失った自分に何が残るのだろう?

 そんな疑問が胸を締め付ける。死に戻る前は、一年中花々に溢れた中庭も、豪華な部屋や装いも、顔も性格も良い召使いも、何もかも与えられていた。しかし、今はその全てを失っている。

 ダリアの表情は暗くなる。

 ジャンが心配そうにダリアの顔を覗き込む。

「どうしたの? 具合が悪いの?」

「……大した事ではありませんわ」

 そう答えるのが精いっぱいであった。誰にも相談できない。

 ジャンは曖昧に頷いた。

「話す気分になったらいつでも言ってね」

「そうだそうだ、美人さんは笑顔が一番だ」

 村長は深々と頷いた。

「誰にも言えない悩みがあるのは仕方ない。悩むのは、前に進もうとしている証拠だ。悪い事ではない」

「……ありがとうございます」

 ダリアの声は震えた。


 エクストリーム王国では触れた事のない温かみを感じていた。ロベールの微笑みさえ、こんなに真っ直ぐにダリアの心に届いたのか分からない。


 ロベールの微笑みは、いつの間にか消えていた。きっかけが分からないし、いつから消えたのかすら思い出せない。

 もう二度と見れないかもしれない。

 そう思うと、ダリアの両目は潤んだ。

「……ごめんあそばせ」

 ダリアはそっと両目をぬぐった。ジャンも村長も、何も言わなかった。

 二人とも、ダリアの気持ちは分からない。分かっていない事を分かってくれている。

 だから、言葉を掛けないのだ。

 ダリアの言葉を待っているのだ。ダリア自身が落ち着く必要があるだろう。

「まずはお食事にしたいですわ」

 何か食べれば心が安らぐかもしれない。目の前の野菜や果物を見て、ダリアはそう思った。

 ジャンの笑顔が輝いた。

「どんどん食べて! おかわりはあまりないかもしれないけど」

「客人に気を遣わせる事はやめろ。そういえばお互いに名乗っていなかったな。俺はガイ。こっちはジャンだ」

「僕は先に名乗っていたよ。お父さんに紹介される必要なんて無いよ!」

 ジャンはふんぞった。

 村長のガイはワナワナと肩を震わせた。

「おのれ……だが、客人の名前を聞いていないだろう」

「そういえば! うっかりしていたなぁ」

 ジャンはポンと自分の頭を叩いた。

 ガイは勝ち誇った笑みを浮かべていた。

「早速名乗ってもらおう」

「ダリアですわ」

 フロンティア家を名乗るのはやめた。もう貴族に戻るつもりはないのだ。

「スローライフを満喫したいですわ」

 どれほどの贅沢をしても、最愛の人間に刺されるのはまっぴらだ。ダリアは悠々自適な生活を送りたいのである。

 しかし、場の雰囲気は明らかに変わっていた。張り詰めた空気になっている。

「ダリア……だと?」

 ガイの表情が固まる。

 ジャンは両目をパチクリさせた。


至高の令嬢ハイエスト・レディーと呼ばれる人と同じ名前だね。エクストリーム王国の人たちが探しているという噂だよね」


 ダリアは危うく後ろ向きに倒れそうになるのだった。

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