トッカータ村と役人

トッカータ村

 トッカータ村は木造の家が多い普通の村だ。人の行きかいはのんびりとしている。強いて特徴をあげるとしても、時折畑が見えて、鶏の鳴き声が聞こえるくらいだ。畑は収穫時期のものと、耕す段階のものとあるようだ。

 そんな村を歩きながら、ダリアは鼻をつまんでいた。

「時々ひどい臭いがしますわね。どうにかなりませんの?」

「肥料の臭いだね。畑を育てるために必要なんだ。我慢して」

 前を歩くジャンに一方的に言われて、ダリアは溜め息を吐いた。

「森で暮らす方がマシかもしれませんわね」

「最近の森は物騒だよ。魔物がたくさんいるから」

「魔物とは?」

 ダリアが疑問を呈すると、ジャンは神妙な表情を浮かべた。


「お父さんの話だと、魔術を掛けられた動物の事らしいよ。人間を襲わないような大人しい獣が狂暴化したりするんだ」


「そんな魔術があるのは聞いた事はありますけど……禁忌のはずですわ」


「ええ!?」


 ダリアの言葉に、ジャンは驚きを隠せなかった。両目が見開き、声が裏返った。

「禁忌ってとても危険なものだよね!?」

「そのとおりですわ。魔術は絶大な力がありますけど、絶対に使ってはいけないと言われるものがありますの。その多くが命を弄ぶものですわ」

 死に戻りも。

 そんな言葉を、ダリアは飲み込んだ。命や世界の理を書き換えるかもしれない死に戻りは、禁忌中の禁忌だ。ダリアはその禁忌を犯したのだが、ジャンに言っても信用されないだろうし、利益が無いだろう。

 ジャンは足を止めて深々と頷いた。

「なるほど。動物を狂暴化させるのは禁忌なんだ」

 ダリアの話をある程度は理解したらしい。


「絶大な魔術をちゃんと制御できる人はすごいね」


「あなたの聖術も素晴らしいですわ」


 ダリアは他人を褒める事がほとんどない。褒める基準が人一倍厳しいのだ。そのため、死に戻り前はしょっちゅう他人を見下していると陰口を叩かれていた。

 ジャンの聖術を素晴らしいと口にしたのは、本心からだ。

 魔術を掛けられた獣を元に戻した聖術は大したものだと感じていた。

 ジャンは、ダリアに背中を向けて頭をかいた。

「綺麗な人に褒められると照れるなぁ」

「照れる前に聖術について少しは教えてほしいですわ」

「そうだったね。早くお父さんの所に行かないと!」

 ジャンは慌てて走り出した。


「僕の家はこの道をまっすぐ行った所にあるんだ。歓迎の準備をしておくから、ゆっくり来てね!」


 そう言ってジャンは走り去った。

 ダリアは呆れ顔になった。


「歓迎なんて必要ありませんのに」


 しかし、悪い気はしない。


 ジャンの素直な振る舞いに癒される。ロベールに殺された痛ましい記憶を消す事はできないだろうが、和らげる事はできる。

「悪くないスローライフとなりそうですわね」

 豪奢な部屋やドレス、美味しい紅茶などの贅沢は望めないだろうが、エクストリーム王国にいたままでは手に入らなかった安らぎを感じていた。

 時折漂う肥料の臭いさえなければ、不満はない。

 ダリアの足取りは自然と軽くなっていた。

 そんなダリアに、杖をつくよぼよぼのおじいさんが声を掛ける。


「ほぉ、若いおなごじゃ。珍しいのぅ。それも、とても綺麗なおなごじゃ」


 おじいさんは自分の言葉に頷いていた。

 ダリアの胸の内はくすぐったくなった。エクストリーム王国でもその美貌は何度も賞賛されていた。芸術家が作品の題材にしたいと懇願してくるほどだった。絵画や彫刻にあまり興味がなかったため懇願をはねのけたが、自分の容姿に自信を持つきっかけになっていた。

 目の前に立つおじいさんも、ダリアを純粋に褒めているのだろう。

 ダリアは立ち止まって、軽く会釈をして微笑んだ。

「ありがとうございます。嬉しいですわ」

「おお、なんと礼儀正しいおなごじゃ。ご褒美にお菓子をあげたいところじゃが、あいにく持っていないのぅ」

「お構いなく。ごきげんよう」

 ダリアは優雅に片手を振ってその場をあとにしようとする。

 しかし、いつの間に囲まれていた。

「きれいね~」

「どこかの国のお姫様かのぅ」

「いろいろお話を聞きたいものだ」

 思いのほか歓迎されて、ダリアの顔に自然と笑みがこぼれる。

 微笑むをかえすだけで歓声があがる。悪い気はしない。

 しかし、疑問に思う事もあった。

 囲んでくる人々が、いずれもお年を召している。畑があるからには畑仕事があるはずなのに、若い人がいないのだ。

 周囲を見渡しても、やはり若い人はいない。


「今日は皆さん畑仕事はお休みですの?」


 若い人は休暇を取っているのかもしれない。

 ダリアはそう思ったのだが、お年を召した人たちは一斉に首を横に振った。


「理不尽なほどにやっておるよ。村長も気の毒じゃ」


「あら、その割には若い人を見かけませんけど」


 ダリアが素直な感想を述べると、一斉に溜め息が聞こえた。

「いろいろあってのぅ……まあ客人に話す事ではない。若い人はこの村を出た方がいい。あんたも気を付けるように」

 ダリアを囲っていた人たちが散り散りになる。暗い表情で畑仕事に戻っていった。

 ダリアは訝しげに首を傾げたが、村長の家に行く事にした。

 村長ならこの村の事情を知っているだろう。

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