僕は竜になる

十戸

僕は竜になる

 我慢できないわけじゃなかった。

 。自分がいちばん、こんなことでって思ってる。

 いつも、どんなときでも、それがどのくらいちっぽけなものかなんて、すごくよくわかってる。だって自分のなかにあるものなんだから……。この息苦しさも辛さもいじけた気持ちも、死にたいくらいの恥ずかしさも、ぜんぶ僕のなかにあるものだった、僕のなかにある、ちっぽけでとるに足らなくて、でもどうしようもなく大きく口を開けたすさまじい嵐。

 知り尽くしていること、わかりきっていることに反して肌はめくれてささくれだった。いつも、どんなときも……今日いまこのときもまた。

 見慣れた、薄橙色の、なんてことない皮膚がぺりぺりと裂ける。波打つようにひっくり返る。きれいなひし形に。

 そうして、そのまま薄く剥がれていく……その下から出てくるのは、青黒く滑らかな鱗の群れだった。つるつるしていて、少し湿って、草をつぶしたみたいな妙な匂いがする。

 当然人間のものじゃない。

 こっちの肌も、だけど僕は見慣れていた。とはうんと小さなころからの付き合いだった。

 僕っていう存在がここにいる、って気づいたときから、僕はこいつと一緒だった。

 いつもそうだった。

 こいつは、僕がちょっとでも窮屈さを覚えるとやってくる。

 とくに理由なく胸に迫る悲しさ、何もかも抛りだしてしまいたい気持ち。置き去りにされているようなものさびしさ。なんだかすごく疲れているとき。腹が減ってるとき。僕のなかに嵐が巻き起こるとき。

 それらがこうして、じっさいにありありと現れて、ほかの誰の目にも見えるようになる。自分だけじゃなく。

 そのことがいちばん惨めなことだった――

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僕は竜になる 十戸 @dixporte

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